「青いリンゴの話」『ロック・フィールドのDNA』(執筆こぼれ話#1)

 気が付いてみたら、しばらくブログを更新していなかった。岩田弘三会長のインタビュー記録(①~④)など、2019年春から取り掛かっている『ロック・フィールドのDNA(仮)』のインタビュー記録を読みかえしていたからだった。わたしは凝り性なところがあって、一つのことにとりかかると他のことを完璧に忘れてしまう。そんなわけで、本ブログも4日間ほど掲載が中断されていた。

 

 「DNA本」のインタビュー記録は10数回分あって、同行してくれている林麻矢さんが執筆のために記録をまとめてくれている。一回が90分程度で、A4のワードで毎回の長さが30ページほどになる。お付き合いをいただく相手方の時間を無駄にしないために、事前にメモを渡してあった。90分程度でインタビューが終わるよう心がけてきた。その例外が、「主人公」の岩田弘三会長である。

岩田会長には、2019年の秋から冬にかけて、創業からいままでのことを時系列を追って4回連続で話していただいた。一回が、他の方の倍で180分である。神戸本社での第1回のインタビューが、2019年10月25日だった。

 第一回の途中で、「青いリンゴ」の話が出てくる。これはロックフィールの成長史を語るうえで大切な挿話である。世界的に著名な建築家の安藤忠雄さんから岩田会長に贈られたリンゴのことである。青いリンゴには、サムエル・ウルマン作の「青春」という詩歌が添えられていた。

   

 岩田さんに、インタビューで「健康・安全・安心・環境」という企業理念と価値観に行きついたときの話をしていただいていた。そのとき、安藤忠雄さんとの交友関係の話になった。岩田さんは安藤さんに、静岡ファクトリーを作るときに設計をお願いしていた。大阪証券取引所2部に株式を上場する1991年のことである。

 岩田さんらしい話なのだが、安藤さんは工場などデザインした経験がない。申し出をなかなか受けようとしない安藤さんを落とすために、「将来的にはここにちゃんとした博物館か何か作るから、そのためには」という説得をしたらしい。この話には、「まあ本人は信じてたかどうかは知らないけどね」(岩田さん)という落ちがつくのだが、この二人はそういう不思議な信頼関係で結びついている。

 2005年に神戸本社兼ファクトリーを作るときに、安藤さんに再度設計を依頼している。不思議な人間関係で結びついていて、安藤さんは岩田さんにときどき変なプレゼントをくれる。図画工作の類の作り物が多い。その一つが青いリンゴの作り物(オブジェ)である。
 岩田さんの発言をインタビュー記録から抜き書きしてみた。そのまま引用である(途中を省略)。
  
 【岩田】そうです。でもね、安藤さんとは本当に長い付き合いしてるけど、いまだに何かこういう色んなものを持ってきてくれるんですよこれ。これ(青いリンゴのオブジェ)も安藤さんが作って持ってきてくれた。
 「ニーバーの教え」ということでね。この「ニーバーの教え」というのは、僕が中身を変えることが出来ないものを受け入れる平静さを、変えるべきものを変える勇気とそれを知ってそれらを識別する知恵を与えたまえ、セレニティの祈りということです。これを僕大事にしていたら安藤さんこれを作ってきてくれて。この青いリンゴを安藤さんが気に入っているんですよ。
  
 実は、岩田さんのインタビューの前に、わたしは中野郁夫(参与)さんに連れられて、「兵庫県立美術館」でこの青いリンゴのオブジェを見ていた。1.5メートル四方のリンゴの置物で、値段は150万円もするらしかった。その後、神戸オフィスの中に青リンゴのオブジェがやってくることになった。そして、FRP製の青い大きなリンゴのオブジェである。これがオフィスの入り口に置かれている。
 なぜリンゴが熟した赤色ではなく、青い色なのかを説明した言葉が、「ニーバーの祈り」である。安藤先生から岩田会長への贈り物についた詩句である。もちろん、わたしは知らなかったので、岩田さんがわたしに説明してくれた。
 
 【岩田】神を変えることは出来ない。でも、受け入れる平静さをセレニティ。変えるべきものを変える勇気。そしてそれを識別する知恵を与えたまえ。というのが、セレニティの教え。これが、僕がこれいいなと思ってこれを。安藤さんも「これええな」と言って。
 セレニティの教えに、ふたりは共鳴しているようだった。
 
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「ニーバの祈り」
神よ、変えることのできないものを静穏に受け入れる力を与えてください。
変えるべきものを変える勇気を、
そして、変えられないものと変えるべきものを区別する賢さを与えて下さい。
一日一日を生き、
この時をつねに喜びをもって受け入れ、
困難は平穏への道として受け入れさせてください。
これまでの私の考え方を捨て、
イエス・キリストがされたように、
この罪深い世界をそのままに受け入れさせてください。
あなたのご計画にこの身を委ねれば、あなたが全てを正しくされることを信じています。
そして、この人生が小さくとも幸福なものとなり、天国のあなたのもとで永遠の幸福を得ると知っています。
アーメン
(原語:英文)
God, give us grace to accept with serenity
the things that cannot be changed,
Courage to change the things
which should be changed,
and the Wisdom to distinguish
the one from the other.
Living one day at a time,
Enjoying one moment at a time,
Accepting hardship as a pathway to peace,
Taking, as Jesus did,
This sinful world as it is,
Not as I would have it,
Trusting that You will make all things right,
If I surrender to Your will,
So that I may be reasonably happy in this life,
And supremely happy with You forever in the next.
Amen.
 
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 インタビューに同席してくれていた中野さんが、「なぜ青いリンゴのオブジェが安藤さんから贈られたのか」の背景説明をわたしと林さんにしてくださった(インタビューの記録から)。
  
【中野】これですね。サミュエル・ウルマンの青春の詩があって、要は青春とは人生のある期間ではなくて心の様相を言うのだと。優れた想像力、たくましい意思、燃える情熱、怯懦を却ける勇猛心・・・こういう様相を青春と言うんだと。それで、これを基に安藤さんが、サミュエル・ウルマンの青春の詩の中で、青春とは人生の期間ではない、心のありようをうたいましたと。それで赤く実った赤リンゴではなくて、未熟で青いリンゴに。
   
<参考>サミュエル・ウルマン:
サミュエル・ウルマン - Wikipedia
青春
サムエル・ウルマン 岡田義夫訳
 
青春とは人生の或る期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。
優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦を却ける勇猛心、
安易を振り捨てる冒険心、こう言う様相を青春と言うのだ。
年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。
歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ。
苦悶や、狐疑や、不安、恐怖、失望、こう言うものこそ恰も長年
月の如く人を老いさせ、精気ある魂をも芥に帰せしめてしまう。
年は七十であろうと、十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。
曰く驚異への愛慕心、空にきらめく星辰、その輝きにも似たる
事物や思想に対する欽仰、事に処する剛毅な挑戦、小児の如く
求めて止まぬ探求心、人生への歓喜と興味。
  人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる。
  人は自信と共に若く 失望と共に老ゆる。
  希望ある限り若く  失望と共に老い朽ちる。
大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、そして
偉力の霊感を受ける限り人の若さは失われない。
これらの霊感が絶え、悲嘆の白雪が人の心の奥までも蔽いつくし、
皮肉の厚氷がこれを固くとざすに至れば、この時にこそ
人は全くに老いて神の憐れみを乞うる他はなくなる。
  
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 ロック・フィールドのDNA本を執筆していて感じるのは、今年の秋に80歳を迎える岩田会長が、いまでも気持ちは青春の真っただ中にいるということである。そして、ロック・フィールドも、いつまでも青いリンゴのように、挑戦者としての心を忘れないでほしいと思う。
 「いまが駄目はなくてこのままでは駄目」(岩田さんの口癖)
 現状には満足しない。環境は変化するのだから、いつも現状に満足してはいけない。この短いフレーズの中に、岩田さんの生き方がすべて現れている。熟した赤いリンゴではなく、いつまでも青いリンゴのままでいよう。