水面下でひそかに進行していた「青山フラワーマーケット」のリブランディング(江原久司氏との対談から)

 JFMAが主催する「フラワービジネス講座(2020年前期)」の最終回(8月4日)に、青山フラワーマーケットの江原久司さんと対談することになった。江原さんのご実家は群馬の花屋さんで、アルバイトから青フラで働いた経験がある「古参社員」の一人である。2000年代初頭の東急東横店の大ブレイクを経験している、数少ない社員の一人である。

 

 わたしもzoomで聴講していた前半90分は、「青山マーケットがお客様に支持される理由」というテーマの講義だった。ざっくりと内容はふたつで、「1 青山フラワーマーケットのブランディング」、「2 青山フラワーマーケットのクリエイション」である。聴講者は、わたしと事務局を含めて25名だった。

    

 前半のブランディングのパートでは、青山フラワーマーケット(以下、愛称で「青フラ」と呼ぶ)のブランドエッセンスを解説してくださった。「手軽さ」と「上質さ」がバランスよく組み合わされたブランド要素が、青フラの特徴である。一見矛盾したブランドの押し出し方(主張)なのだが、その微妙なバランスの良さで、青フラはお客様から支持をされてきた。

 たとえば、A「手軽さ」の内容を整理すると、①値ごろ感のある価格(ライフスタイルブーケ)とそのバリエーション(価格ラインが分かりやすい)、②立ち寄りやすい雰囲気(ドアが開放されている)とサービス、③日常使いの商品提案(ホームユースを主体に業務需要は狙わない)となる。一方で、B「上質さ」の中身は、①オリジナリティの高い商品群、②デザイン性の高い商品、③きめ細やかなサービスである。

 わたしなりに青フラの強みを解釈すると、A①=Price(値ごろ感の打ち出し)とA②Place(店舗への誘導=入りやすさ)が特徴で、A③B①B②のProduct(オリジナルデザインとネーミング)が他店との差別性を高めていることがわかる。シンプルなブランド構造で、これが約25年間、青山・渋谷発のブランドへの支持を確固たるものにしてきた要因である。

 もちろん、ブランドコンセプトの中心には、お客様目線の素人発想(日常使いの花を楽しみたいなど)がある。パークコーポレーション創業者の井上英明社長が、異業種(会計会社)から花ビジネスに参入してきた異能・異才経営者だからともいえる。その特徴が、いまの青フラのブランディングのベースにあることはまちがいない。

 

 クリエイションの部分では、「商品の企画開発」の進め方についての講義になった。後述するが、①2015年から密かに進行していた「リブランディング」の内容解説が最初にあって、つづいて、②いまや青フラの特徴となった「旬」を演出する「(フラワー)マルシェシリーズ」の展開と、③「オリジナル商品」の開発動向について話されていた。

 ②の具体的な内容は、「季節行事や仏花の強化」である。52週間MD展開の中で、青フラの商品政策の軸は、日本古来の行事と信仰に関連して、季節性を花で打ち出すことを意図している。これは大きな変化である。その背後には、①のリランディングの試みがあった。江原さんによると、リブランディングのスタートは2015年である。

 社内での変化は、この年にパリに海外出店したことである。その際に、企画の中心にいた伯野さんがフランスに転勤になり、フランス人の花の使い方と買い方を見て、日本でのビジネスを再考することになった。江原さんの具体的な指摘によれば、フランスでは客層が男性比率約50%で、花のトレンドは草花やグリーン(シャンペトル風)を多用するスタイルに方向が変わっていた。

 そこをヒントに、江原さんを中心にしたプロジェクトチーム(現在、商品部6名)を組織して、青山フラワーマーケットのブランドを再定義することになった。リブランディングの結果は、ブランドクリエイションの内容そのものである。象徴的なのが、「ライフスタイルブーケ」の刷新である。(和風の)旬を演出するために、メジャークロップ(菊・バラ・カーネーション)以外の草花類や葉物・枝物を使うことである。

  

 青フラのライフスタイルブーケが、2015年を境に、”自然の風景の中で、たおやかに風にそよいでいるような花束”(江原さんのレジュメの表現をわたし風に脚色した表現)に変わった。マルシェコーナーでも、シャンペトル風を演出するために、草花類や葉物・枝物を多用するようになった。これは、リブランディング活動のひとつの重要な成果であった。

 江原さんによれば、「30歳から40歳代前半までの若い女性が主たる顧客層であることに変わりはないが、顧客のテイストが”かわいい”から変質していったように感じる」。わたしは、これを「青フラの顧客が”おとな”になったのでは?」と表現してみた。

 ところで、大事なのはその後のビジネスの展開である。リブランディングを転機に、既存店でも売り上げが増えたことで、地方の主要都市への出店や、首都圏でも郊外のターミナル駅で新店が事業的に成り立つようになった。もちろん20年間のブランドしての知名度の高まりと商品政策が一般にも受け入れられるようになったからだろう。

  

 対談の中で、わたしから江原さんに5つの質問をさせていただいた。お答えの中で、青山フラワーマーケットの今と未来について感じた印象である。以下の記述は、かならずしも対談の内容をそのまま反映したものではない。一晩ぐっすり眠ってから、まとめた感想文である。井上社長にも、質問してみたい内容になっている。

   

1 <リブランディングの成果>

 ブランドの再定義は密かに進行していたようで、その実態は世の中にはあまり知られていなかった。あえて知らしめることはしなかったようだが、企業として「大胆に変わることができること」は素晴らしいことだと思う。

 2005年前後に成長軌道に乗った青フラは、その10年後には踊り場を迎えていた。100店舗の壁をなかなか乗り越えることができず、とくに地方都市と郊外で出店と退店を繰り返していた。転換点は、2018年。ストアブランドのコンセプト(Living with flowers everyday:日常の生活に花を!)は変えず、基幹商品(ライフスタイルブーケ)の見直しで、商品づくりの改革(商品コンセプトの再構築作業)に着手した後である。

 10年先にはまた、青フラのブランドを再定義することになるかもしれない。井上社長は、まじめに海外展開も考えているのだろう。対談ではあまり言及しなかったが、わたしには、ライフスタイルブーケが、ロック・フィールド(総菜のRF1)の「30品目の野菜が入ったサラダ」にコンセプトが近くなっている感じがする。企画開発から生まれてきた商品の写真を見ていると、なんとなくカラフルなサラダに見えるからだ。

 

2 <顧客層の大きな変化>

 変化を自ら引き起こしただけでなく、果敢に時流をつかむ力が青山フラワーマーケットにはある。時の運もあった。フラワーバレンタインの一番おいしい果実を拾ったのが、青フラさんだったように思う。リブランディングでメイン顧客(若い女性)のテイストを変え、男性客の割合はこの間に全体の2~3割の構成に変わっているように見える。

  

3 <課題1:本部と店舗の関係性>

 一番大きな課題は、100店舗から300店舗に向かう時の店舗のコントロールだろう。とくに地方にある店舗とのコミュニケーションが問題になる。オンライン講義で江原さんの話を伺いながら、メールで事前配布されていた印刷済みの手元のレジュメに、「店舗が独自に仕入れた商材をインストア加工するコンビニエンスストア?」とメモを残していた。冷蔵庫を置かない(ロス管理と商品の回転を速めるため)という部分に対するコメントだった。

 メモにそのように書いた意図は、サミットストアを創業した荒井伸也さんが、店舗管理を舞台芸術(ミュージカルやお芝居)に例えて、「本部は、作(脚本を書く役割)」で、店舗は、演(演技をする役割)」だと述べている。本部が書いた脚本をそのままに店舗に演じてもらうわけではなく、店舗の独自性(仕入れ権限)を認めているのが「青フラ流」である。

 会社が地域的を越えて成長するときに、店舗の独自性をどの程度、容認していくことができるのか?コンビニはいまや逆に、加盟店に独自性と地域性を容認するシステム構築に向かっている。青フラは、新しい試みとして、本部が商品と店舗作業を標準化して、店舗の効率と生産性を高めるモデルをテストしている。

 

4 <課題2:他の組織との連携>

 例えば、青フラの成功の要因の一つに、花の市場(大田市場)との連携がある。仕入れは本部集中ではなく店舗分散型で、店舗ごとに独自性を許容している。実際に、「毎日仕入れる花の10%は変えるように」との本部基準はあるようだが、実際の調達は、9割がた店舗に任されている。店長の評価は、店利益により決まるから、本人や従業員の給与とも連動している。

 この仕組みは、ある意味で、コンビニの本部と加盟店の関係と類似している。決定的にちがうのは、仕入れる商品が各店独自だということである。となると、各地の花市場との関係が微妙になる。日本は、いまのところ地方分散型の仕組みになっている。つまり、現状は分散型の店舗独自仕入れが機能しているが、市場の統合が進んでいけば、このシステムは機能しなくなるかもしれない。

 同様に、産地との連携も課題になるだろう。いまは市場経由がほとんどで、国産の花がいまだ7割強を占めている場合は、それと分散型の調達は効率がよく機能している。しかし、国産の花の未来は不透明である。輸入商社との関係性は、この先どのようにかわるのだろうか?

 

 振り返ってみる。20年前、青フラの井上社長と南青山の作業場にインタビューに行った。いまは青フラの店舗になっている場所の近くで、『日経トレンディ―』に掲載された記事(花束の評価比較結果)を見て、都内の有名花店に交じって最高点を獲得した「青山フラワーマーケット」という新興花店の社長に会いに出かけてみたのだった。

 当時は、都内に屋台風のワゴンも含めて、8店舗か9店舗だった。そこから、青フラの快進撃が始まった。素晴らしい経営者に恵まれたチェーンが、独自の進化を遂げて今日に至っている。この先の成長とさらなる進化が予見できる。しかし、多くの課題と抱えてもいる。人材の採用、教育研修、調達の課題。本部と店舗の関係性。

 創業者の井上さんも、50代の後半に差し掛かっている。後継者問題も、次なる課題であろう。しかし、青フラなかりせば、日本の花小売りチェーンにイノベーションは生まれなかっただろう。後に続くプレイヤーがいま誕生しつつはある。井上さんを乗り越える経営者の登場を、個人的には大いに期待している。