(その47)「校名を変えてはいけない:“能代工業”のブランド価値」『北羽新報』(2020年6月9日号)

 八代編集長にお願いして、緊急にコラムを書かせてもらいました。日本経済新聞の土曜日夕刊に、能代工業の校名変更の記事が掲載されていたからです。その直後に、元バスケット雑誌の編集長が、校名変更中止の嘆願書を秋田県議会に提出したとの報道を知りました。

 
 いま、全国の友人・知人たちにこのニュースを伝えています。続々と反響をいただいていますが、いまのところ誰一人として校名変更に賛成するものはいません。午前中にいただいた反響を、本ブログで紹介します。
 
「校名を変えてはいけない:“能代工業”のブランド価値」
 文・小川孔輔(法政大学経営大学院教授)
 
「バスケの伝統校が校名を変更、ファンや地元住民戸惑い」という記事を、6月6日発売の日本経済新聞夕刊で見つけました。あまりの驚きで一瞬、腰が抜けそうになりました。「能代工業」に代わる新しい校名は、「能代科学技術」でした。
 結論を先取りすると、経営学者の立場からは、新しい校名の選択はありえない決定です。それは、単なるノスタルジーや感情論ではありません。卒業生と市民が長い間に築きあげてきたブランド価値を、一夜にして毀損してしまう愚策だからです。その理由を述べてみたいと思います。
 バスケの町で起こった校名変更の記事は、社会面に写真付き全5段で掲載されていました。日本一の発行部数を誇る経済紙に、堂々と掲載されたことの意味をまず考えてみてください。日本人の大人ならば、ほとんどの人がバスケットで58回の全国制覇を重ねてきた能代工業を知っているということです。
 
 わたしの研究テーマのひとつに、ブランド論があります。その中に「ブランド連想」という概念があります。たとえば、「“能代(市)”という地名(言葉)から何を連想しますか?」と問いかけてみます。「五能線」「松林」「日本海」という連想と同じくらいの頻度で、おそらくはそれ以上に「バスケット(の町)」という連想が上がってきます。
 能代工業という名前は、全国的に知名度が高いブランド(校名)であると同時に、「差別性」(他ブランドと明らかに異なる特徴)も高いのです。提案されている「能代科学技術」は現代風ですが、どこにでもありそうな特徴のない名前です。
 一昨年、甲子園で大活躍した金足農業のことを考えてみてください。メディアが注目したのは投手の吉田輝星君でしたが、全国の視聴者から共感を得られたのは、決勝進出を果たしたのが秋田県の農業学校だったからです。幸いにも、能代工業の場合も、製材業に由来する「工業」を連想させるブランドが地名に付加されています。
 昔とはちがって、現代的な呼称にブランド価値があるわけではありません。大学の学部でも、従来は伝統的すぎると思われてきた「文」「法」などの“一文字学部”に人気復活の兆しがあります。高等学校でも、「農」「商」「工」などに希少価値があるように思います。
  
 先日のコラム欄でも、バスケ雑誌元編集長の島本和彦さんが3600名の「校名存続」の嘆願署名を集めたことを報告していました。合併相手の能代西は、もともとは農業高校でした。農学はいまや生命工学(ライフ・エンジニアリング)の一部とされています。能代工業に生命工学科が同居していても、それほど違和感はないのです。
 私からの提案です。能代市民に、住民投票で校名存続の可否を決めていただいてはいかがでしょうか?学校名変更の住民投票でもなれば、今度は能代市がもっと大きな話題になるかもしれませんよ。