(その31)「ワイン談義:友人のMさんのことなど」『北羽新報』(2019年2月28日号)

 今回はワインの話です。コラムに登場するMさん、Eさん、Sさんは、どなたでしょうか?全員、わたしの親しい友人たちです。しかもワイン狂いです。わたしも、遅まきながらワインの知識については、一歩だけ前進することができました。

 

「ワイン談義:友人のMさんのことなど」『北羽新報』2019年2月28日号
 文・小川孔輔(法政大学経営大学院)

 

 渡辺順子著『教養としてのワイン』を、品川駅ホームの三省堂書店で購入しました。仕事関係の本は、ふだんは秘書に頼んでアマゾンで手配しています。書店で本を買うのはめずらしいのですが、タイトルが気になったので、上品な白表紙につい手が伸びてしまいました。
 わたしの周囲には、たくさんの「ワイン狂い」がいます。彼らと食事で一緒すると、会話は仕事の話ではなく、食べ物とお酒のネタが中心に回ります。グルメな友人たちは、とりわけワインについて詳しいのです。そんなわけで、いつかワインの基礎知識を仕入れようと思っていました。目の前にその本がディスプレイされていたので、渡りに船だったわけです。

 読後の印象を正直に書きます。評価は、可もなく不可もなしです。著者は、ワインのオークション会社の元社員です。調達と販売が専門で、栽培や醸造には詳しいとは思えないのが、平凡な評価になった理由です。

 

 この本は、旧大陸のフランスに始まり、新世界の米国西海岸まで、世界のワイン産地の特徴と各種ワインの違いを紹介したものです。ライトな読み物としては、まずまずの出来だと思います。発売4か月で9刷りまで行ったのは、タイトルがキャッチーだったからだと思います。ワインのことをよく知らないわたしのレベルであれば、入門書としての役割は十分に果たせています。
 ただし、物足りないところもあります。つぎの3点です。①ワインの作り方の説明がほとんどないこと、②特定のブランドやヴィンテージがなぜ美味しく感じられるかがわからないこと、③料理やチーズとワインの相性がどうして起こるのかが書いていないこと。教養のあるビジネスマンの「なぜ」に、この本は答えていないのです。
 さて、本の内容は置いておくとして、友人のワイン狂いのひとりが、どのようにワインと関わりをもっているのかを紹介します。実名を出すのは差し控えます。元大手小売業チェーンで社長・会長を歴任された男性(Mさん)の場合です。

 

 Mさんは、奥さんと毎年、二週間程度の休暇をとって、フランスやイタリアなど欧州へグルメツアーを敢行しています。予約がとりにくい有名レストランは、友人のネットワークを利用して一年前からリザーブしてしまうらしいのです。その根気と忍耐に感服しています。手帳をのぞき込むと、来年の夏休みに巡るはずのレストランがずらりと並んでいます。
 共通の友人も多いので、フードビジネスの創業者社長さんからMさんのことをよく聞きます。国内の有名レストランで一緒に食事をしたとか、海外の著名レストランを事前予約するための便宜を頼まれたという類の話です。極めつけは、世界中のワイナリーから入手したワインが、自宅の部屋からあふれてしまった事件です。奥さんから聞いたところ、「ふつうは倉庫スペースを借りるとかを考えますよね。でもこの方は、室温13度、湿度60%を保つため、自宅の近くに中古マンションを買ってしまったのですよ。信じられます?(笑)」
 もっと驚きなのは、収集したワインを美味しく飲むため、フレンチレストラン「L」を開業したことです。ご本人は、単にご自分が集めたワインにあう料理を食べたかったらしいのです。しかも、レストランLは、開店の数年後にミシュラン一つ星を獲得しています。

 

 なお、Mさんから招待していただいたとき、Lにご一緒させていただいた女性Eさんは、国産ワインの専門家でした。いまや趣味が仕事になってしまった彼女は、ワインセミナーの講師にスカウトされました。また、友人の男性Sさんは、学生時代にドイツのワイン農家に留学していました。前職では、海外でワイナリーを開くプロジェクトに携わっていました。

 皆さん、超がつくワイン狂いばかりです。この本を読んだので、わたしも友人たちの領域に一歩だけ近づくことができた気持ちです。ワインの特別なところは、土壌と気候がワインの出来と深くかかわっていること、時間とともに熟成が進んで美味しくなるが、人間が飲んでしまうので、本数が減って値段が高騰していくことなどです。ワインは、飲み物としてもビジネスの対象としても奥が深そうです。