【文献紹介】ハーマン・サイモン(2016)『価格の掟(おきて)』中央経済社(★★★★)

 右肩が痛いので、いつもより簡単に。二年前に、学習院大学の上田隆穂教授(監訳者)から贈呈していただいたプライシングの教科書。価格付けで有名なサイモン教授の著書。わたし自身も「価格づけの本」を書いているので、参考までに読んでみた。フリーミアムや従量制課金など、最近の動向も踏まえている良書。

 

 とても参考になった。コンサルタント(創業者社長)でもある著者らしく、随所に自身のコンサル経験がちりばめられている。自社の宣伝も上手だ。サイモン教授の言いたいことを一言でいえば、「価格は絶対的な儲けの手段だから、安易にディスカウントなどしてはいけない」。そのために、「顧客価値を高めることに専念しなさい!」である。

 

 著者が農家で育った子供のころの体験からはじまり、アカデミズムとコンサルタントとしての経験を述べる第一章「痛烈な洗礼を受けたわたしの価格体験」は、イントロダクションとして説得的だ。第二章「価格を中心にすべてはまわる」までは、わかりやすい事例研究になっている。登場する企業名の70%は、日本人の大学生ならば知っているだろう。

 第3章と第4章は、古典的な価格理論から離れて、行動経済学や心理学の成果を紹介したもの。いわゆる「心理的な価格付け」と呼ばれる理論の基礎を説明してくれる。第3章のかなりの部分は、有名な「プロスペクト理論」(カーネマンとトヴァースキー)によって事例が説明されている。ここからの教訓は、「節約したければ、現金払いにしなさい!」など。

 この辺の記述で印象的なのが、超価格競争で勝利する企業は、業界で1社か2社しかいない。しかし、それぞれの業種で、プレミアム価格戦略で成功している企業は多数存在している。わたし流にサイモン教授の主張を解釈すると、価格戦略の成功確率を高くしたければ、プレミアム戦略を追求しなさい。なるほどと納得できた。

 

 第5章では、わずかな値上げの成功が利益への貢献に及ぼす有効性を、これでもかというくらい強調している。その逆は、大幅な価格ディスカウントで、これはできれば避けたい戦略。第6章は、標準的な価格理論の紹介(コストベース、需要ベース、競争ベースの三類型)。とくに新しい点はないので、価格づけの理論を知っている読者にはちょっと退屈か。わたしもここで、眠気に襲われた。

 第7章は、価格差別化の事例を図解でうまく説明してくれる。ここで、サイモン教授のバックグラウンドが経済学出身であることがわかる。数式ではなく、非線形価格づけの図解がとても巧妙だ。この部分は、わたしも授業で使わせてもらいたいと思った。

 第8章は、「プライシングイノベーション」となっている。ネット時代の価格付けの事例が満載。ここで示唆的なのは、使用料で課金する「従量価格制」の有効性。フリーミアム(トライアルバージョンは無料)などが経済的に引き合う理由の説明があること。また、耐久消費財や一部の産業財が、購入(ストック)ではなく、サービス(フロー)の利用に移行していることを合理的に説明してくれている。

 あと2章(9、10章)が残っているが、話は8章でほぼ完結している。