5日間も、めずらしくブログを書くのを休んでしまった。河口湖で学部生と3泊4日の夏合宿。遊んで飲んで走って、すっかり体力を消耗してしまったからだ。学生たちは担当の部分が終わるときに、短く「感想とコメント」を発表することになる。全員が示し合わせたように、「夏休みが終わってさみしい」で発表をしめくくっていた。
教師のわたしも、事情は同じようなものだ。夏の終わりは、やはり憂鬱である。新学期が始まると、またしても授業で拘束されるからだ(これって、本業の仕事なのだが、、、)。しかも、後期になると、毎週の金曜日は、京都女子大で「特論3」の講義が始まる。午前中に新幹線に乗って、その日のうちの遅い時間か、翌日の早朝には東京に戻ってこなければならない。
後半(11月から)になると、先ほどブログにアップしたように、「ビジネスイノベーター育成セミナーⅡ」が始まる。二日続けて、ハードワークになるというわけだ。たくさんの講師の方を招待するので、いつもの授業にも増して気をつかうことが多くなる。だからといって、学部(水曜日)や大学院(木曜日)のゼミや、JFMAの理事会や講座、NOAFの幹事会やセミナーは、隔月のペースで開かれる。
『食品商業』や『北羽新報』の連載も毎月末に〆切りがくる。それと関連して、取材もどんどん先に進める必要がある。息が抜けない。なので、夏の終わりは、ハーモナイズ(ゆったりとした予定調和)された気持ちにはとてもなれない。どんよりとした気分で新学期を迎えることになる。これは毎年のことなのだが、今年はさらに憂鬱が深くなる事情がある。
今月末(9月30日)になると、葛飾区高砂8丁目で建設中の新築の二世帯住宅が完成する。10月中旬には、ここから半分くらいの家財を高砂の家に移動させなければならない。要するに、森下から退去した7月に続いて、新居に引っ越すために、荷物をまとめなければならなくなるのだ。
これがけっこうやっかいものである。新居は、この家の半分のサイズしかない。千葉の家(白井市)で使っていた家財は、半分処分する必要がある。書籍や洋服なども、この際に半分ほどは処分するつもりでいる。しかし、長年にわたり「広い家に住む生活」で楽ちんをしてきたので、廃棄作業が容易にできないでいる。
決断ができないでいるうちに、二カ月が経過してしまった。その結果、駐車場と裏庭の完成が、引っ越しの前にまにあわなくなってしまった。エアコンの設置も、ついつい先まわしになっている。さらに、新居用のテーブルと食器棚は、新しく購入する必要がある。
注文住宅は案外と面倒くさいものだ。32年前は、標準のモデルハウス(ミサワホームO型)を契約したので、新たに別注で家具を購入する必要がなかった。作り付けの家具は、いまだにそのままで使っている。しっかりしたものだったので、重宝させてもらった。
というわけで、引っ越しと授業開始で、気分はすぐれないでいる。このブログを読んだかたへ。わたしの憂鬱にり患しないように。新学期がはじまれば、また友人や同僚に会える。極めつけに楽しいことがあるかもしれない。それに期待して、夏休みを終えよう。
どこかから、笑い声が聞こえてくるみたいです。「先生、大学ってまだ夏休みだったのでね!」と。すいません。長~い休みがあるので、その楽しみがあるので、給料は安そうだったが、教師という職業を選んだのでした。もっともこの先、あと3年半もすれば、もっと長い休みに入ることができそうですが、、、、