2016年秋に発表を予定していたインタビューが、来月号の『農業経営者』に掲載されることになりました。2月に逝去された松尾雅彦さん(カルビー元社長)との最後の対談が、日の目を見ることに。前編は、2016年9月に刊行されています。そのエッセンスを後編が発表される解説してみることにしました。
昔の原稿を読み直してみることは、良い習慣のように思います。同じ記事なのですが、18カ月前の対談を反芻してみると、当時のことが鮮明によみがえってきますが、それと同時に当時は見えていなかった部分が鮮明になるのが不思議です。
対談していたときは、松尾さんとのコミュニケーションにものすごい違和感を感じていたのですが、それは単に言葉の使い方の問題だったのです。翻訳してしまえば、松尾さんとわたしは、結局は同じことを別の言葉で語っていただけだでした。
対談のテキストを再度読み返すことで、そのことが再認識できました。わたしの20年前の予言(鎖国のすすめ、植物の時代の到来)は、まちがっていないようです。
松尾さんとの対談の前編(『農業経営者』2016年9月号)は、「非市場経済をどう成立させるか」というテーマでした。わたしが松尾さんをインタビューする形式で対談は進行しました。対談にあたっては、やや難解と思われる松尾さんの「スマートテロワール」のエッセンスを、読者に噛み砕いて説明するつもりでした。編集部のリード文は、つぎのようなものでした。
スマート・テロワールを提唱しているカルビー㈱相談役の松尾雅彦氏との対談を待ち望んでいたのは、多くの経営者にインタビューを重ねてきた法政大学大学院イノベーションマネジメント研究科教授の小川孔輔氏だ。『マクドナルド 失敗の本質: 賞味期限切れのビジネスモデル』などの多くの著書があり、企業戦略から流通、消費に精通したマーケティングの専門家である。実務の世界で実践してきたことを語る元経営者と、理論を極めた研究者の対談を2回に分けてお届けする。
前編で取り上げたトピックㇲは、「農業と農村、ひいては食と農を中心とした地域社会のあり方の理想像をどうやって具現化していくのか」についての議論でした。わたしの松尾さんへに質問は、以下の二つでした。
①日本国内で「スマート・テロワール」(自給経済圏)をつくるために、農産物の取引を市場原理に任せないという「非市場経済の実現」が必要なので、そのためにはどのような条件を作っていくか?
②企画・生産から小売までを一貫して垂直統合する「食のSPA化」(非市場経済圏)をどのような地域内で実現するのか?でした。
前編の結論、すなわち議論の先にあった共通認識は、市場経済の下で、国内の農業者(+加工業者)同士が相打ちになるのをさけること。そのためには、外国産の輸入農作物(小麦、大豆、ジャガイモ、トウモロコシなど)のシェアを奪回する団体戦を日本国として展開すべしでした。
松尾さんの気持ちの根底にあったのは、「戦後の日本国は、国破れて農政なし」だったようです。そのことを、「日本は農業オリンピックの団体戦で敗北を重ねてきた」と表現されていました。とくに、加工が必要な麦や大豆などは、生産者が束になって生産しないと品質や価格で海外産の穀物に圧倒される。そのこと終始、対談では強調されていました。
日本が「家政」(自給自足)と「互酬」(物々交換)の考え方でもって、輸入作物に対して戦う戦略をとることを推奨していたわけです。実際にカルビーが実現したことは、①生産農家との包括的な契約栽培と、②流通に対して垂直統合型のマーケティングを活用することだったのです。
具体的な手法としては、カルビーが責任を負って契約したジャガイモを「全量買い取ること」。しかも市場価格より高く買い取る。ただし、品質に応じてインセンティブをつけるでした。そして、供給量を安定させるために、北海道の産地を束ねることにしたわけです。
ロック・フィールド(神戸:岩田弘三会長)も、「神戸コロッケ」の原材料である男爵イモを買い付けるために、同じことを試みています。ジャガイモの収穫のために、トラクターや貯蔵施設を農家に無償で貸与するとか。消費者に対して安心・安全な食品を提供するために、収穫にとって効率の良い農薬は収穫前に散布しないことを選ばせるとか。
カルビーも、農業技術と機械をセットにして品質を確保するという方法を採用したのでした。松尾さんは、これを「互酬」ないしは「非市場経済(組織化)」と呼んでいましたが、実はわたしと同じこと(垂直統合型のマーケティング展開)を言っていたわけです。契約栽培によって、強力な垂直統合型のビジネスモデルを構築したのでした。
※囲み「スマート・テロワールとは」
松尾雅彦氏が提唱する広域エリアの自給圏。地方都会と周辺の農村を含む約50万人規模をひとつのエリアと捉え、そのなかの農業、加工業、(物流)、小売業、消費者が、地域内で生産された農産物や加工食品、木材やエネルギーなどの資源を地域内で消費し、余剰分を大都会圏に販売するという考え方。既存の地産地消や特産品産業と異なるのは、競争相手を国内の他地域ではなく輸入食材や輸入飼料としている点である
松尾雅彦氏が提唱する広域エリアの自給圏。地方都会と周辺の農村を含む約50万人規模をひとつのエリアと捉え、そのなかの農業、加工業、(物流)、小売業、消費者が、地域内で生産された農産物や加工食品、木材やエネルギーなどの資源を地域内で消費し、余剰分を大都会圏に販売するという考え方。既存の地産地消や特産品産業と異なるのは、競争相手を国内の他地域ではなく輸入食材や輸入飼料としている点である
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特別インタビュー企画
『農業経営者』(2018年5月号)
『農業経営者』(2018年5月号)
「これからの農業・農村の道しるべ(後編):人材と情報を地域にどう集結させるか」では、
つぎのトピックスをとりあげています。お楽しみに。
▼なぜ日本の農学部は現場の役に立たないのか
▼30年後の将来図を描けば若者は地域に集まる
▼スマート・テロワールの責任は誰が負うのか