欧州ツアー#6: スペインは美味しい!

欧州ツアーの最終日は、バルセロナの世界遺産、サグラダファミリア教会を観光した。jfmaのツアーとしては、極めてめずらしいことだ。この教会は1882年に着工され、建築設計者のガウディが1926年に没した後も、弟子たちが工事を継承してきた。しかし、着工から130年後の今も聖家族教会は未完のままで工事のまっ際中である。

 

 公式的には、全部の建物の完成は8年後と発表されているが、おそらく20年後も未完のままと思われる。完成途中の教会の地下で模型を見せてもらったが、現段階で全体の3分の1も工事は終わっていない。建築工事の技術がいかに進歩したとは言っても、10年先もこの教会は完成していることはないだろう。

 技術的ではない別の理由があるからだ。そもそも教会を完成させないままのほうが、いつまでも長く入場料を徴収できる。ガイドの睦田さんによれば、完成は先延ばしにしたほうが経済効果は高い。未完のままならば、人間の心理としてバルセロナを再訪したくなる。工事の進行状態を確認したくなるからだ。
 わたしが市の観光課の役人なら、完成時期をわざわざ30年くらいは遅延させるだろう。話題の提供も小出しにしたほうが、広報的に効果的だろう。設計の手順なども奥が深そうだ。

 ところで、この巨大な建造物の建築費は、全世界のキリスト教信者からの寄付によって賄われている。さらには、観光客の入場料からの支出の貢献が大きい。それに、工事途中ながら、入場料収入がバカにならない。
 サグラダファミリアの訪問者は年間約370万人。未完の建物ながら、ひとり当たり3000円を拝観料として徴収している。計算するとわかるが、約100億円の収入である。わたしのように、書籍やお土産もショップで購入するから、客単価は5千円にはなるだろう。
 工事はいまも延々と続いている。その間の観光収入でバルセロナは大いに潤っている。スペイン全土では、観光収入がGDPに占める割合は農業に続いて二番目。7兆円にもなる。スペインを訪れる観光客は、人口の約二倍で年間8千万人。観光客が一人9万円を落とすとして、約7兆円になる。これは、日本の百貨店の年間総売上よりも大きい。

 スペインの平均的な労働者は、収入が手取りで約120万円。月額で約10万円。先進国とは言えない水準だ。しかし、生活が大変と思いきや、物価が安い。パリで1杯8ユーロしていたビールが、ここでは3ユーロ。二分の一から三分の一。街中の食料品店で買い物をするとわかるが、生活費は三分の一くらいだろう。
 社会保障も充実している。医療費も無料だそうだ。そう考えると、国民一人当たりのGDPがどのくらいかなどという公式統計データなどは無意味に聞こえる。購買力平価では、スペインは豊かな国ということになる。
 国家の政策としても、スペインは農業と観光の二大産業で十分に潤っている。レストランやホテルで食べる食事も美味しい。食べ物にハズレがないのは、農地が広大で農産物の品質が良いからだ。
 これに畜産と海産物が加わると、スペインの料理は無敵だ。今回のツアーでは、スペインが豊かな国であることを確認できた。来る前の印象とはかなり印象が変わってしまった。

 スペインに対する見方が変わったのは、農業と食品産業を中心に国家を評価するという習慣をわたしが持つようになったからだ。人々の豊かさの根底にあるのは、近代科学がもたらした経済成長と物質的な恩恵だけではないあ。そこから一歩離れて、近代産業史を見てみると、負け組に見えている農業国家が勝ち組に変わる。
 18世紀に産業革命に乗り遅れたせいで、スペインは植民地支配の覇権を英国に奪われてしまった。無敵艦隊が、無敵ではなくなったのは、産業革でも出遅れたからだった。
 ところが、重化学工業中心に経済発展することがなかったおかげで、農業と観光で食べていくことしか、この国には選択肢が無くなった。せいぜい繊維産業に基礎を置く、小売業ZARAがアパレル産業の覇者として蘇ったくらいだ。かといって、高度な技術を持ち合わせているわけではない。
 デザインと商品開発のスピードに特徴はあるが、製品の品質が圧倒的に高いなどとは口が裂けても言えない。にもかかわらず、生活産業では、人的な生産性が問題にならない産業ではかなり健闘している。
 このことが、この国の幸せ度を高くしている要因なのだろう。そのことが、わずか二日間の滞在ながらよくわかった。

 人々はフレンドリーであり、食べモノが美味しい。国民は掃除が好きで、町は清潔である。観光客も、スリにお金を奪われる危険を除けば、治安は良いから安心して町歩きができる。そんな国は、欧州で稀な存在だ。
 昨日からのガイドさん、睦田さんがこのことについて面白い解説をしてくれた。「スペイン人はヨーロッパではめずらしく、基本的に、人種差別の遺伝子を持っていない」と指摘してくれた。だから、このひとたちの前では、緊張したりギスギスした会話を交わすことはない。
 だから、近代化に乗り遅れ、工業部門の生産性もイマイチ。それでも、スペインは、したたかに生き延びてきた。労働集約的で人的な生産性で優位に立てる産業に特化することを選んだからだった。
 その点からいえば、日本がスペインに学ぶところが多いような気がする。特に近年、工場の海外移転で、産業的に疲弊が目立つ地方都市がそうなのだと思う。
 スペインに習って、日本の地方都市は、農業と観光に活路を探るべきではないのか?この可能性はあるような思う。スペインは美味しい!この発想は、地方にも当てはまるのではないのか。