この会社はすごい! 農産物取引プラットフォーム企業:菊池紳社長とプラネット・テーブル(株)

世の中には、理屈のうえでは簡単にできそうだが、実際には夢が現実にならないことが多々ある。農業分野でハードルの高い社会的な宿題を片付けてしまいそうな会社が現れた。渋谷に事務所を構える農業ベンチャーの「プラネット・テーブル株式会社」だ。

 
 一昨日、創業者の菊池紳社長(38歳)に、渋谷の事務所でインタビューさせていただいた。「農業界のオピニオンリーダー」(菊池さん)の久松達央さんからのご紹介だった。菊池さんは、慶応大学法学部を出て外資系の金融会社で活躍して後に、三人の仲間と起業を思い立った。

 分野として選んだのは、母親の実家が営んでいた農業。しかし、28歳の時に試みた週末農業では、自らのモチベーションを維持することができないことに気付いた。従来の農家が抱えている問題に、菊池さんも悩むことになった。

 伝統的な日本の農業にとっての課題は、「4つの欠落」。これを解決するために、菊池さんたちは、のちに述べるようなビジネスモデルを考案した。

 
 1.畑でおいしい(熟した、状態の良い)野菜が、出荷できない。青いもの、硬いものしか出せない。
 2.地域の出荷団体の共撰共販だと、だれが作ったものなのかわからない(品質がちがうものが混じってしまう)、
 3.小売り店や飲食店からフィードバックがない(問題点が指摘されないと、改善すべきことがわからない)
 4.作る側には、価格決定権がない。

 

 4つの課題を解決する取引のモデルを考えて、2年半前(2015年8月26日)にベータ版で事業を開始。「プラネット・テーブル」は、一言でいえば、データサイエンスとロジスティックスを効果的に組み合わせた、取引プラットフォーム事業だ。

 同社のビジネス・ユニットは、物流の「SEND」、商流の「seasons」、決済の「FarmPay」の3つである。しかし、中核事業は、物流ユニットのSENDだ。地方の中小規模農家と都市部の独立飲食店をつなぐ取引プラットフォームである。

 同社のHPで、SENDの機能をつぎのように簡潔に述べている。「SENDは『走るファーマーズマーケット』。生産者にとっては、都市部にある『配送センター』として、シェフにとっては『自前の産直食材庫』としてご活用していただける、直接取引・配送プラットフォームです」

 農産物の「送り手」は、就農してから10年~15年、平均年齢40歳半ばの若手農家。彼らが作った特徴のある農産物を、都市部で店を開いているフレンチ・イタリアンのレストランに届ける。「受け手」の側も、同じくらい若い40歳代のシェフたちが中心だ。

 

 プラネット・テーブルの際立った特徴は、農家が栽培した野菜を全量買い取ってくれること。そして、値段(農家の取り分)はシーズン固定の契約である。通常の市場出荷では、農家の手取りは市場価格の50%程度にしかならない。ところが、SENDで荷物を送ると、シェフの購入金額の80%が農家の側の手取りになる。しかも、Farm-Pay(決済システム)を利用すれば、出荷とほぼ同時に入金が実現する。

 中間マージンがカットできるのは、筆者が以前に『日経MJ』(本ブログに転載、2017年)で紹介した食品スーパー「エブリイ」(広島県福山市)と同じ買い取り契約を採用しているからだ。畑で獲れる農産物を、規格外品(20~30%)も込みで、選別しないままバルクで出荷することが農家には求める。
 農家は出荷準備のために、手間(時間と労力)がかからない。そのうえ、収穫後は即時に出荷するので、買い取る側(レストラン)にとっては、鮮度の良い野菜が入手できる。現在、全国に散らばる農家は4600軒。「JAに所属しながらうちや他にも出荷してくれる意欲のある”ハイブリッド農家”さんたち」(菊池さん)。

 需要者側のレストランは、主として首都圏に約4300軒。彼らも創意工夫を怠らない意欲的なシェフたち。「メイン顧客は、創作イタリアン料理やバルを経営している。平均年齢45歳くらいのシェフたち」(菊池さん)。

 2015年のシステム稼働以来、主として口コミで登録者数が順調に増えてきた。それは、全量買い取り制度と価格的な優位性によるものである。儲かるところに、そして事業の将来性を感じられる場所に、人は集ってくるものだ。既存の流通にはないメリットが、SENDの仕組みにある。

 

 プラネット・テーブルのビジネスモデルが、一見してむずかしい宿題(多くの小規模農家と独立系のレストランをつなぐ)に解答を与えることができたのは、大きくは3つの理由からだ。
 ひとつは、需要者側をイタリアン・フレンチ・創作料理等のレストランに絞り込んでいること。特徴があるとはいっても、レストランで使用する食材には、業種やメニューに応じたあるパターンがある。小さな農家でも20軒くらいまとめれば、ロットが大きくなり物流も効率がよくなる。食材ごとに発注量がまとまり、それをデータベース化できれば、4000軒分を束ねる食材別の需要予測は、それほど難しくない。その結果、流通の途中段階で廃棄になる食品ロスはごくわずか。出荷量の0.88%。ふつうは、流通段階でフードロスは約20%は出るといわれている。これがすべて金に化けている。
 二番目は、自社でトラックを保有して、「ハブ」と呼ばれる物流センター(現在の目黒から、春先には品川に移転の予定)を運営しているからだ。産地から受け入れる農産物は、選別前でサイズもばらばらだが、それを小分けしてルート便に乗せる。レストランに納品するの際には、トラックドライバーが営業部隊の役割も果たす。レストランは、スマホから発注をかけるが、注文を取りに来たドライバーからも「提案食材」の営業を受ける。ドライバーが営業を担う機能(ヒューマンシステム)が、需要予測の外れ(3%程度)を、帳消しにしてくれる。
 三番目は、すでに述べたように、需要予測にデータサイエンスの手法を用いていることだ。そのことで、予測精度が格段に高まっている。AIや予測科学のおかげで、青果市場(消化仕入れ)とは違って、買い取り契約が成立するのである。

 同社のHPを覗いてみてほしい。トップページに企業の「ミッション・ステートメント」が最初に現れる。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

プラネット・テーブル株式会社は、
『必要な食べ物が持続的に作られ、無駄なく届き、全ての人が食べる喜びにあふれる社会』の実現に向けて、先端テクノロジーを活用し、農畜水産物の生産・流通支援プラットフォームを構築していきます。

作られた食べ物が、無駄なく人に食べられること。必要な食べ物が持続的に作られ、行き届くこと。
プラネット・テーブルは、こんな当たり前のようなことが実現する世界を目指しています。

世界の人口は増加の一途を辿り、必要となる食料が増加しています。その一方で、急激な気象変化や人為的要因から生産可能地や生産者は減少しています。食料価格は高騰を続け、生産国は飢え、先進国では流通ロスや規格外廃棄などで毎年大量の食料を捨てています。都市化・高齢化で農畜水産業を辞める人も多くいます。

 

不思議だと思いませんか?

このままでは、「食べられない世界」が本当に来てしまうかも知れません。私たちは、この“歪み”を、先端テクノロジーと、世界中の人の参加により、クリエイティブに解決するスタートアップです。

『必要な食べ物が持続的に作られ、無駄なく届き、全ての人に食べる喜びがあふれる世界』
私たちはこのビジョンと共に、多くの人達が食の持続的生産・流通に関わる新しいプラットフォーム作りに取り組んでいきます。

 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 
 短いインタビューの最後に、菊池さんに尋ねてみた。わたしからの質問は、「どうしてこのビジネスモデルが成り立っているのか?」

 菊池さんの答えはやや哲学的だった。「秘訣は、データサイエンスとフードサイエンスを駆使して、需要を最適化しながら同時に生産の最適化も実現できていること」(菊池さん)

 仕組みとしては、シェフたちの用途(メニュー)を食材に展開して、集計して(数をまとめて)生産者に伝えること。わたしの解釈は、プラネット・テーブルの本質は、アマゾンがはじめた「協調フィルタリング」(好みが似たようなひとは、似たような人が買った本を注文する傾向がある)を料理の世界で応用したもの。

 そして、ビジネスの肝は、「走る保冷庫」と自らが特徴づけているように、最適な自社物流のデザインにある。将来は、農産物取引のアマゾンになるつもりなのだろう。現在、従業員は約40人。平均年齢が32歳の若い企業だ。

 
 菊池さんが描く「農と食の未来への透視図」は、 

 穀類は欧米やアフリカから、フルーツ・果菜類・葉物類は水の豊かなモンスーン・アジアの国から調達。そして、日本国内は?多様な農産物と適地適作の「テーマパーク」になっていく。

 

 日本の農業の未来について、これだけ明確なビジョンをもって語る若い経営者を、わたしははじめて見た。