法政大学イノベーション・マネジメント研究センターから出版される助成研究書の「はじめに」の部分を書き直してみた。この書籍は、今年の12月に刊行されることになっている。まだ、書名は確定していない。
岩崎達也・小川孔輔編著(2016)『ソーシャルメディア、「伝えるメカニズム」(仮)』生産性出版
小川担当分(V2:20160805) *暫定原稿(書き直し)
はじめに:新しい概念の発見とメディア研究への貢献
本研究は、「電通吉田秀雄記念財団助成研究」(2014~15年度)によって行われたリサーチ「ソーシャルメディア環境下でのマス広告の効果研究」の成果である。総勢10人の大学研究者とマーケティング実務家で編成された2つのチーム(「定性調査チーム」と「シミュレーションチーム」)が、二年間にわたって情報伝達に関するメディア研究を進めてきた。その過程で、プロジェクトチームは、従来からあるマスメディア主体の情報伝播とは異なる現象に遭遇した。本書で、「環メディア現象」と呼ぶ新しい現象である。
メディアと情報伝達の新しい振る舞いを確認するために、われわれは5つの事例研究(橋本環奈、ふなっしー、レモンジーナ、ヨーグリーナ、ザクとうふ)とメディア関係者(日本テレビ、Yahoo!、博報堂など)へのインタビューを実施した。約一年間にわたる実証研究の結果、マスメディア単独ではなく、そしてSNS独自でもない、その中間に位置する新しいメディアを仲介して、メディア総体として“台風の渦のような”素早い急速な情報の伝搬が起こっている事実を確認できた。
詳しくは本編で個々の事例を紹介することにして、ここでは、事例研究とインタビューから抽出された複数の「キー概念」を提示することにしたい。これらは、メディア・コミュニケーション研究における重要な発見だと考えている。環メディア現象とそれに関連した基礎概念についてまずは整理してみる。そして、それぞれの概念に固有の名称を与えることにする。
メディアと情報伝達の新しい振る舞いを確認するために、われわれは5つの事例研究(橋本環奈、ふなっしー、レモンジーナ、ヨーグリーナ、ザクとうふ)とメディア関係者(日本テレビ、Yahoo!、博報堂など)へのインタビューを実施した。約一年間にわたる実証研究の結果、マスメディア単独ではなく、そしてSNS独自でもない、その中間に位置する新しいメディアを仲介して、メディア総体として“台風の渦のような”素早い急速な情報の伝搬が起こっている事実を確認できた。
詳しくは本編で個々の事例を紹介することにして、ここでは、事例研究とインタビューから抽出された複数の「キー概念」を提示することにしたい。これらは、メディア・コミュニケーション研究における重要な発見だと考えている。環メディア現象とそれに関連した基礎概念についてまずは整理してみる。そして、それぞれの概念に固有の名称を与えることにする。
1 新たな情報拡散現象の発見
<メディアの世界の変貌>
インターネットが登場する直前(1995年)まで、企業が一般大衆に向けて情報を効率よく伝達するための手段はシンプルだった。メガヒットを生み出すマーケティング・コミュニケーション手段としての4大マス媒体、とりわけテレビの威力が絶大だったからである。感染力の高いニュースネタ(情報)や魅力ある商品サービスを、マスメディアにうまく乗せることができさえすれば、テレビ局やクライアント企業は、告知対象についての圧倒的な認知を即座に獲得することができた。
潤沢な広告予算を確保できる大手メーカーは、広告代理店やリサーチ会社の助けを借りて適切な媒体計画を策定し、自社の有望な製品に対する認知を精確に予測できた。この方法が今でも有効であることは基本的に変わっていないが、マスメディアが優勢な時代においては、計画と実際が大きくずれることは少なかった。メディアの住人たちは、“予定調和”の世界に住んでいたことになる。高い予測精度を前提に、計画通りにメガヒットが演出できたからである。
牧歌的なメディア状況の下では、情報伝達の様式を説明する理論もきわめてシンプルだった。社会学者のロジャーズが提唱した「革新の普及理論」の枠組みで、際立ったヒットの現象がほぼ説明できた。そこで用いられる操作概念も単純明快そのものだった。製品アイデアの「革新性」(Innovativeness)と人々の間で膾炙される「口コミの効果」(Word of Mouth)の組み合わせである。しかしながら、SNSの登場で、予定調和の世界が“制御不能”の世界に変わりつつある。
<メディアの世界の変貌>
インターネットが登場する直前(1995年)まで、企業が一般大衆に向けて情報を効率よく伝達するための手段はシンプルだった。メガヒットを生み出すマーケティング・コミュニケーション手段としての4大マス媒体、とりわけテレビの威力が絶大だったからである。感染力の高いニュースネタ(情報)や魅力ある商品サービスを、マスメディアにうまく乗せることができさえすれば、テレビ局やクライアント企業は、告知対象についての圧倒的な認知を即座に獲得することができた。
潤沢な広告予算を確保できる大手メーカーは、広告代理店やリサーチ会社の助けを借りて適切な媒体計画を策定し、自社の有望な製品に対する認知を精確に予測できた。この方法が今でも有効であることは基本的に変わっていないが、マスメディアが優勢な時代においては、計画と実際が大きくずれることは少なかった。メディアの住人たちは、“予定調和”の世界に住んでいたことになる。高い予測精度を前提に、計画通りにメガヒットが演出できたからである。
牧歌的なメディア状況の下では、情報伝達の様式を説明する理論もきわめてシンプルだった。社会学者のロジャーズが提唱した「革新の普及理論」の枠組みで、際立ったヒットの現象がほぼ説明できた。そこで用いられる操作概念も単純明快そのものだった。製品アイデアの「革新性」(Innovativeness)と人々の間で膾炙される「口コミの効果」(Word of Mouth)の組み合わせである。しかしながら、SNSの登場で、予定調和の世界が“制御不能”の世界に変わりつつある。
<マスメディアとSNSの分断をつなぐ理論>
メディアの状況が大きく変貌を遂げているにも関わらず、メディア研究の方法論には、根本的なイノベーションが起こっていない。つまり、ソーシャルメディア環境下で、従来と異なる情報伝達のメカニズムを説明できる枠組みが存在していないのである。
現状のメディア研究の枠組みでは、マスメディアとSNSの世界は分断されている。しかし、個人が社会に向けて情報を発信できる手段を持つようになったいま、マスメディアとSNSは相互作用を持ちはじめている。換言すると草の根のネットワークで構成されている「小さな村」(SNSの世界)とガリバーと小人が乗った「大きな船」(マスメディアの世界)は、共存しながらも情報的には連結しているはずである。
マスメディアとSNSの情報的な分断を理論的に統合できる「代替的なメディア理論」が存在するという立場から、われわれは、人々の直接情報(相互作用)にマスメディアが介在してインタラクションが起きるという仮説を想定してみた。さらに、両メディアの相互作用を媒介するメディア機能を探してみた。その結果、両メディアの中間に位置して、マスメディア(テレビや新聞)とSNS(個人の情報発信)をつなぐ中間的なメディアが存在していることが確認できた。具体的には、ツイッターやフェイスブック、Lineなどを介してマスメディアに情報を伝え、商品やスター(キャラクター)のヒットを瞬間的に増幅させる特性を持つ中間的なメディア(YouTube、Yahoo!ランキング、2ちゃんねる、まとめサイトなど)の存在とその機能についてである。
従来からのネーミングでは、マスメディアとSNSの中間に位置するメディア(当初、われわれは「中間メディア」と呼んでいた)は、一般的には「キュレーション・メディア」と呼ばれている。しかし、その情報拡散の現象や製品のメガヒットを引き起こすメディアの役割は、これまでは十分に認識されていなかった。それは、情報拡散の内部的なメカニズムが解明されていなかったからである。
メディアの状況が大きく変貌を遂げているにも関わらず、メディア研究の方法論には、根本的なイノベーションが起こっていない。つまり、ソーシャルメディア環境下で、従来と異なる情報伝達のメカニズムを説明できる枠組みが存在していないのである。
現状のメディア研究の枠組みでは、マスメディアとSNSの世界は分断されている。しかし、個人が社会に向けて情報を発信できる手段を持つようになったいま、マスメディアとSNSは相互作用を持ちはじめている。換言すると草の根のネットワークで構成されている「小さな村」(SNSの世界)とガリバーと小人が乗った「大きな船」(マスメディアの世界)は、共存しながらも情報的には連結しているはずである。
マスメディアとSNSの情報的な分断を理論的に統合できる「代替的なメディア理論」が存在するという立場から、われわれは、人々の直接情報(相互作用)にマスメディアが介在してインタラクションが起きるという仮説を想定してみた。さらに、両メディアの相互作用を媒介するメディア機能を探してみた。その結果、両メディアの中間に位置して、マスメディア(テレビや新聞)とSNS(個人の情報発信)をつなぐ中間的なメディアが存在していることが確認できた。具体的には、ツイッターやフェイスブック、Lineなどを介してマスメディアに情報を伝え、商品やスター(キャラクター)のヒットを瞬間的に増幅させる特性を持つ中間的なメディア(YouTube、Yahoo!ランキング、2ちゃんねる、まとめサイトなど)の存在とその機能についてである。
従来からのネーミングでは、マスメディアとSNSの中間に位置するメディア(当初、われわれは「中間メディア」と呼んでいた)は、一般的には「キュレーション・メディア」と呼ばれている。しかし、その情報拡散の現象や製品のメガヒットを引き起こすメディアの役割は、これまでは十分に認識されていなかった。それは、情報拡散の内部的なメカニズムが解明されていなかったからである。
そこで、われわれは、3つのメディア(マスメディア、SNS、キュレーション・メディア)が相互に作用して、情報を伝達する社会的な現象のことを「環メディア現象」と呼ぶことにした。その動的な特性に対しては、仮に「環メディア」という名称を与えることにした。一瞬にして情報が世の中に伝搬する動作特性は、まるで南太平洋上で台風が発生する過程に酷似している。そのため、この渦巻きのメカニズムは、「台風モデル」と呼ぶこともある。
<「コクーン・ブレイク」という現象>
環メディア現象を検証するために、研究を進めている期間(2014~2015年)に、メディアで大きく注目を浴びた社会現象を2例、ケースとして取り上げることにした。それらは、「橋本環奈」と「ふなっしー」の“スター誕生物語”である。両者が大ヒットした背景には、ブレイクに至るまでのプロセスに共通しているいくつかの要因が抽出できる。
第一に、どちらの場合も、人気が沸騰する前の初期状態で、メンバーの数は少ないながらも、あらかじめコアなファン層が存在していたことである。われわれは、対象に対して高い関与を持つマニアックな関心層(100人~300人のクラスター)のことを「コクーン」(繭)と名づけることにした。
第二に、橋本環奈とふなっしーが大きくブレイクするためには、ニッチなファン層(初期のコクーン)を飛び越えて、一般に情報が拡散していかなければならなかった。そのためには、2つの条件が必要になる。一つは、趣味や嗜好において“類似した関心”をもつグループ(隣接する他のコクーン)に情報が伝搬することである。きっかけはさまざまであるが、なんらかの「イベント(サイン会)」や「フレーズ(キャッチコピー)」や「画像(静止画と動画)」が、一般への情報の拡散を促進する導火線の役割を果たしていることが多い。例えば、橋本環奈がブレイクしたきっかけは、ネット上を駆け巡った1枚の写真「千年に一人の逸材」だった。それが他のアイドル好きのコクーンに次々に飛び火していった。
また、情報発信の促進役として「著名人」が登場して、ブレイク直前の対象者に「お墨付き」(権威の認定)を与えることもある。橋本環奈に対する松井玲奈(当時SKE48に所属)の関係、ザクとうふの場合は池田秀一氏(シャア・アズナブル役の声優役)の存在、ふなっしーの加藤浩次(「相撲対決」でふなっしーを有名にした)の媒介など、どの事例においても著名な仲介者による「レバレッジ作用」が観察できる。
イベントやお墨付きでいったんコクーンが破れて、その存在が一般大衆にも知れわたると、マスメディアが関心を持つことになる。そして、情報番組やニュースで大々的に宣伝してくれる。ただし、そこに至るまでの過程では、2ちゃんねるやYahoo!やYouTubeなどが、ツイッターやGoogle検索ランキングなどから情報を拾い出し、ランキング露出を通して人気度を発信することが必要である。マスコミの制作者や編集者へのインタビューから、マスメディアは、番組の制作や編集の過程で、キュレーションされた編集情報を頼りにしていることが確認されている。
環メディア現象を検証するために、研究を進めている期間(2014~2015年)に、メディアで大きく注目を浴びた社会現象を2例、ケースとして取り上げることにした。それらは、「橋本環奈」と「ふなっしー」の“スター誕生物語”である。両者が大ヒットした背景には、ブレイクに至るまでのプロセスに共通しているいくつかの要因が抽出できる。
第一に、どちらの場合も、人気が沸騰する前の初期状態で、メンバーの数は少ないながらも、あらかじめコアなファン層が存在していたことである。われわれは、対象に対して高い関与を持つマニアックな関心層(100人~300人のクラスター)のことを「コクーン」(繭)と名づけることにした。
第二に、橋本環奈とふなっしーが大きくブレイクするためには、ニッチなファン層(初期のコクーン)を飛び越えて、一般に情報が拡散していかなければならなかった。そのためには、2つの条件が必要になる。一つは、趣味や嗜好において“類似した関心”をもつグループ(隣接する他のコクーン)に情報が伝搬することである。きっかけはさまざまであるが、なんらかの「イベント(サイン会)」や「フレーズ(キャッチコピー)」や「画像(静止画と動画)」が、一般への情報の拡散を促進する導火線の役割を果たしていることが多い。例えば、橋本環奈がブレイクしたきっかけは、ネット上を駆け巡った1枚の写真「千年に一人の逸材」だった。それが他のアイドル好きのコクーンに次々に飛び火していった。
また、情報発信の促進役として「著名人」が登場して、ブレイク直前の対象者に「お墨付き」(権威の認定)を与えることもある。橋本環奈に対する松井玲奈(当時SKE48に所属)の関係、ザクとうふの場合は池田秀一氏(シャア・アズナブル役の声優役)の存在、ふなっしーの加藤浩次(「相撲対決」でふなっしーを有名にした)の媒介など、どの事例においても著名な仲介者による「レバレッジ作用」が観察できる。
イベントやお墨付きでいったんコクーンが破れて、その存在が一般大衆にも知れわたると、マスメディアが関心を持つことになる。そして、情報番組やニュースで大々的に宣伝してくれる。ただし、そこに至るまでの過程では、2ちゃんねるやYahoo!やYouTubeなどが、ツイッターやGoogle検索ランキングなどから情報を拾い出し、ランキング露出を通して人気度を発信することが必要である。マスコミの制作者や編集者へのインタビューから、マスメディアは、番組の制作や編集の過程で、キュレーションされた編集情報を頼りにしていることが確認されている。
*後略*