この論考は、NOAF日本(ネットワーク)の参与に就任する山下一穂氏が、設立準備会の席で述べた意見を文章にしてくださったものである。送ってくださったメールを、ご本人の許可を得て本ブログに掲載する。引用のあとに感想を述べておく。山下さんの提言から基調講演のヒントにいただいている。
<論考>
「我が国のオーガニック・エコ農産物の今後に向けて」への提言
株式会社山下農園 代表 山下一穂
「前提」
“クオリティの高い”有機農産物は供給が間に合わない。それだけ需要がある。
購入している消費者の動機は、「きれい、美味しい」。有機農産物にこだわる一般消費者は少ない。しかし、一部の(2,3割ぐらいはいると思われる)自分の目と舌で商品を選択する消費者は、クオリティの高い農産物を自己責任で選ぶ傾向にある。結果的に、クオリティの高い有機農産物は、その選択肢の一つとして、高い存在価値がある。
クオリティの高い有機農産物―技術力を伴った有機農業―には大きなニーズと巨大なマーケットがある。
従来の慣行農業による、大規模、大量生産は、利便性、格安感、安定供給などで、市場から高い評価を得ている。小規模な慣行農業は農薬と化学肥料の適切な利用で、農家にとって快適な労働環境を確保している。半面、反収が低い(30万円程度―小規模では経営が成り立たない)。日本の面積の70%が田舎、中山間地。そのうちの農家のほとんどが小規模農業。
小規模農業の経済性を確保するためには反収を上げる必要がある。
マーケットのニーズには質より量、量より質、その中間のいずれかなど、多様なものがある。
農産物の大規模化はその規模が大きくなればなるほど、クオリティの平均値は下がるという原則がある。有機農産物の一元的な大規模流通も、同様にクオリティの平均値は下がる。
有機農業の大規模化は、単品目大量生産の傾向がある(産地や、品目のブランド化―農家の反収は低い)。少量多品目生産は、技術力が伴えばブランド化(生産者のブランド化―農家の反収は高い)がしやすい。
「課題」
クオリティの高い農産物を生産する有機農家が少ない。
農家間の技術格差がある。
有機農業での新規参入者に適切、効果的な研修を行う環境が脆弱。
安易な情報提供やスカウティングにより、勘違い就農が多い(不向きな人が就農する)。
研修生を安価な労働力として受け入れている農家がいる。
有機農業と、慣行農業の対立の構図(農薬、化学肥料の批判など)が、生産現場で一般農家の参入を阻害(感情的有機農業嫌いを増加)してきた。
有機農業で新規就農を目指す人たちにも、反有機の気風が大きな壁となってきた。結果的に有機農業の振興を遅らせてきた。
有機農業に関する情報不足(技術、マーケティング)が、地方行政の対応を遅らせている。
「対策」
正しい情報を認識し、それを共有する。(調査、整理、提供)
圧倒的多数の小規模農業は、労働の質と技術力で、経済性を確保する。(技術、マーケティング)
新規参入者に対する研修機能の強化。
そのための研修生受け入れ農家と、研修生の選別、客観的な評価。(マッチング)
プロダクトアウトから、マーケットインへ。(市場調査)
地方の生産力と、都市部の消費力の、きめ細かな組み合わせ。(マッチング)
個々は小さい小規模農業でも、圧倒的多数であるから、その総量は大規模生産となる。(ネットワーク)
多様な価値観を共有し、批判的な情報活動をしない。多様な農業の共存(コミュニケーション)
「結論」
有機農業だけではなく、日本の農業をどうするのかと言う視点に立ち、対立の構図を作らない。マーケットのニーズを高めるには、「きれい、美味しい」を入り口とする。一般消費者には、日常的に食べることで有機農業になじみができてから、徐々にその存在価値を理解してもらう。
自然の循環がもたらす、国土保全機能、多面的機能、環境保全や、未病で防ぐ医療、命の大切さを教える教育、心豊かな福祉など、健全な社会の基盤整備として、自然の仕組みを田畑に再現し、自然と共に生活するという、有機農業の基本的な考え方は、国民共通の利益を得るための一つの手段として、その出口に置く。と言う、戦略。
<小川の感想>
1 有機農産物は、”美人”である
茨城県土浦市の有機農家・久松達央氏が、「結果としての有機農業」という表現を『キレイゴト抜きの農業論』(新潮新書)で述べている。多品種少量生産で販売先で直販市場をさがしていたら、結果として有機農業を選択したというものである。
山下さんの主張も同じである。オーガニック・エコ農産物の価値は、商品の農産物が「きれいで、美味しい」ことである。おいしくもない、美しくもない有機農産物を作っている農家は、実は技術力が不足している。それだけのことだから、研修制度を充実させて技術力を向上させなさい。その機会も情報もないことが、オーガニックの普及を妨げてきた根本的な理由である。
だから、「オーガニック・エコ農と食のネットワーク」(略して、ネットワーク)は、「美人増産マシーン」でなければならない。美人はもてるから売れる。そして、付加価値がつく農産物には、必ずや生産者(担い手)がつく。
日本人の20%(2000万人)くらいは、美人農産物の価値を認める消費者が、現状でも存在している。大きくはないが、小さなマーケットではない。
2 中山間地では小規模有機農業が有利
日本の国土の70%は中間地である。中山間地に、大規模農業は向かない。そもそも大規模な有機農業は単品目になるから、生産性が高くない。自然な選択として、小規模な有機農業を中山間地で行うことになる。慣行栽培では付加価値がつかないから、結局は農業の生産性が高まらない。
逆に、有機農産物を多品種で少量生産することで、付加価値の壁を突破することができる。それには、共通の販売プラットフォームを創ることである。ネットワークには、販売チャネルの構築支援とマーケティング技術の伝達が期待される。これが、付加価値の壁を解決する唯一の手段である。
3 消費者視点と対立構図の回避
農薬・化学肥料を多用する慣行農業と、それを否定してきた有機農業との対立の構図を、哲学論争から論ずることはそろそろやめよう。両者には、それぞれ利点と欠点がある。オーガニックが普及している先進国を見ても、いまだに80%超は慣行農法による生産である。
したがって、農業における循環型社会は、時間をかけて実現することにしよう。そして、徒労でしかない無断な喧嘩はとりあえずやめることにしよう。生産者同士がいがみあうのではなく、消費者に選択してもらうことにしよう。
4 結論 山下さんと同じである。
別の表現を使用しよう。ネットワークは、消費者目線で食のマーケティングをしていく。消費者の「美意識」と「わがままな舌」に応えられない農産物は、サステナブル(持続可能)ではない。積極的に技術を磨こう、貪欲に情報を取りに行こう。