100種類100円のパンを、一日平均3千個売るパン屋がある。株式会社アクア(本社:上尾市)のベーカリー部門、アクアベーカリーだ。店舗ブランド名の”Vague”(ベーグ)は、フランス語で「波」の意味。徳永社長の名前が、「奈美」だからである。
2000年に、上尾本店のパン屋を、「100円パン」のコンセプトにして改装したのが事業の始まり。その後、ホームセンター(大井町)のフードコート内に初出店。現在は、埼玉県を中心に北関東で14店舗(会社全体は27か所)を展開している。
2015年度の売上高は、約25億円(会社全体)である。毎年、ベーグ(アクアベーカリー)は2店舗ずつ増やしている。100円パンの店が集客の目玉になるので、関東地区のSCディベロッパーや食品SMからの出店要請が引きも切らない。出店できないのは、職人さんの採用とパートさんの教育が間に合わないからである。
上尾店のように路面店もあるが、リクシル(ホームセンター)やマミーマート(食品スーパー)などに、主としてインストアべーカリーの形態で出店している。アクアは、出自がフードコートの運営会社である。100円パンの「ベーグ」のほかに、ラーメン(福よし)、うどん(お多福)、洋食(グランマキッチン)、たい焼き(かめ福)などのブランドをフードコート内で展開している。
とはいっても、断然にエッジが効いて特徴があるのは、100円パンの店である。6年前に足利店(マミーマート)に出店したときは、それまでパン屋さんがやっていた店の売り上げが、ベーグ出店後は7倍になった。100円という値段、商品のバラエティ(100種類)と美味しさ(職人が作る焼きたてのパン)が受け入れられたからである。
通常のインストアベーカリー(売り場10坪+キッチン10坪)はせいぜい日販10万円程度である。それが、同じ場所にアクアベーカリー(売り場20坪+キッチン25坪)が出ると、20万(平日)~50万円(土日)の売り上げになる。それができるのは、パン職人さんの正社員と訓練されたパートさんたちがチームを組んで、モチベーション高く働いているからである。そして、オペレーション面では、「個店経営」を貫いているからである。
量販店がインストアでベーカリー部門を運営する場合、パン生地は、自社ないしはメーカーのCK(工場)で前加工する。冷凍の生地を各店に配送して、店内のオーブンで焼く。品ぞろえも標準化されていて、販売するアイテムも基本的に本部が決める。このことは、つぎのような「3方に悪し」の結果を生みだす。
第一に、パン職人さんは、生地を自分でこねて焼きたい人種である。彼らにとって、量販店のインストアベーカリー部門は、はなはだおもしろくない職場になる。販売するパンの品種選択についても、自分で創意工夫をする余地がない。そのため、量販店のインストアベーカリーには優秀な職人さんが定着しない。
第二に、運営する企業にとっては、売り場とキッチンでの作業効率が重視される。売れ筋で少ない品種をまとめて焼くことで、作業を標準化してコストダウンを図ろうとする。ところが、焼いてから時間が経過して鮮度の落ちたパンが、大量に店内に並ぶことになる。その結果、売れ残りがたくさん出してしまう。絞り込んだ品ぞろえが、さらなる売上のダウンを招く。
第三に、お客さんの立場からは、インストアベーカリーのパンは値段が高くつく。売れ残ってロスが出た分が、販売価格に転嫁されているからである。さらに悪循環は続く。効率を優先して品数を絞り込んであるから、アイテムに変化が出ない。魅力的に見えないので、消費者は飽きてしまう。リピートが続かないので、さらに売れなくなる。
この悪循環を断ち切るために、徳永さんが考えたのが、多品種少量ロット生産方式である。しかも、量販店のインストアベーカリー部門に嫌気がさして辞めてきたパン職人さんに、思う存分に腕を振るってもらう労働環境をデザインすることだった。
職人さん(5人)とパートさん(10人)のチームが、朝6時から夕方4時まで、パンを焼き続ける。店頭には、焼きあがったばかりの新しいパンが常にフレッシュな状態で補充される。販売するパンの種類(100種類)も、店独自で考えてよい。パン生地もキッチンでこねるので、売れ行きを見ながらの対応になる。
ロスを考えながら、しかし、たくさん売るためにはどうしたらよいか考えながら、パンをこねて焼く。働くことが楽しくなるに決まっている。結果として、最終的にロスがほとんどでない。だから、一個100円で売っても元が取れるのである。4時に焼き終わったあと、閉店の8時までは、売れ残りになりそうなパンをまとめて、3個とか5個とか袋づめにして売り切る。
先月、ある会合で、日本リテイリングセンターの桜井多恵子先生(チーフコンサルタント)と徳永奈美社長の会話を、わたしは横で聞いていた。
「ほとんどの食品スーパーで、インストアベーカリーは赤字部門なんですよね」(桜井先生)
「でも、先生、うちは100円で売って、どこの店も黒字なんですよ」(徳永さん)
「え、それは、どうやってらっしゃるの?」と桜井先生もびっくりの様子だった。
その秘密を、次回の『日経MJ』(4月11日号)で紹介する。お楽しみに。でも、秘密をほぼ書いてしまったかな。ちなみに、徳永さんは、わが法政大学の現役院生(イノベーションマネジメント研究科)である。