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土木設計事務所のエリート社員が脱サラしてはじめた「兼業農家」という選択
 現場でのインタビューは、これだから面白くてやめられない。商業界の月刊誌『食品商業』で、先月(7月号)から新しい連載がはじまった。シリーズ名は、「農と食のイノベーション」。第二回は、「プラネット・テーブル」のビジネスモデルを紹介する記事を執筆することになった(*4日前に書いた原稿の再アップです)。

 

 主役の菊池紳さんの取材は、大学院で授業内講義(6月21日)を担当していただいたこともあり、原稿は一カ月を残して完成していた。ところが、菊池さんにお願いしていたサプレイヤーの生産者(大久保昇さん)への現地取材については、なかなか約束ができないままでいた。一カ月が過ぎて原稿の締め切りが到来した。
 先週の時点で、竹下編集長からは、「来月号は、お休みしますか?」との提案。わたしとしては、取材でアポイントがとれないことを理由に原稿を飛ばす事態は、できれば避けたかった。
 10年ほど前に、ライバル誌の『チェーンストアエイジ』(ダイヤモンドフリードマン社)で、「ヤオコーとしまむら」の連載を担当していた。そのとき、原稿が間に合わずに、大きな穴をあけてしまった苦い思い出がある。たとえ尻に火が付いていたとしても、連載二回目で「飛ばし」はないだろう。
 そう思って、半ば”押し売り気味”に、「スカイアグリ」(大久保さんの野菜農場)の取材を強行させてもらった。

 朝方に脱稿して、編集部にテキストを送信した。夜はほとんど眠っていない。年寄りだから徹夜はできないが、それでもご老体にはこたえる。
 松永マーケティング・マネージャーへのインタビュー(シャボン玉石けんの「香害」についての取り組み)が終わったころ、午後一番で初校のゲラが上がってきた。1000字ほど字数がオーバーしている。図表・写真なし(テキスト部分のみ)で、文字は3000字以内でまとめるべきところだった。だが、なにせドラフトをトリミング(カット&ペイスト)している時間的な余裕はなかった。
 そのまま提出した原稿を1200字ほどカットして、いまは第ニ校が上がってくるのを研究室で待っている。取材対象となった大久保さん(スカイアグリ)と菊池社長(プラネット・テーブル)に原稿を確認してもらう作業がまだ残っている。これを怠ると、あとでえらい目にあうことがある。
 事実をまちがえて書いて、大目玉を食らったこともある。出版社や編集者と、微妙に関係が悪くなることも再三だった。あのトラウマはできれば避けたい。
 
 さて、待機時間の間に、千葉市緑区平山町での取材の様子を紹介してみたい。
 昨日は、7時半に白井の自宅を出発して、千葉市緑区「平山町」にあるアグリスカイの圃場に向った。8時半の到着予定が、うっかりしていて、ナビのセットを「平川町」にまちがえた。おかげで、隣り町の「平川町」に入ってしまった。
 運転のロスタイムが30分超。近くまで来たのだが、なかなか目的地にたどり着かず。20分ほど迷ったあげく、大久保さんに助けを求めるはめになった。電話で連絡をとって、目印の造園業者の前まで迎えに来てもらった。
 出会いまではたいへんなスタートになったが、現地取材は楽しかった。大久保さんがとても話好きなかたで、たくさんのことを教わることができたからだ。順不同でメモにしたい、昨日の会話を振り返ってみる。
 
 <専門は土木工事の耐震設計>
 大久保さんは、千葉の木更津高専の土木工学科の出身。子供のころから野菜や植物が好きだったが、大学は農学部を選択しなかった。なぜか進学先に選んだのは、信州大学工学部社会開発工学科土木コース。卒業後は、土木技術者として建設コンサルト会社(土木の計画設計等を行う会社)に11年間勤務し、河川防災や耐震設計などを担当した。そして、農業をはじめたいと思い立った。
 転職の動機は、土木建設で橋や道路を作っても、地域からは人が消えてしまうからだった。自分の仕事は「地方や地域を潤すこと」で、そのために土木設計の道を選んだ。しかし実際に道路や橋を作っても、地域から人は消えてしまう。とても雇用を創出するどころではない。
 たどり着いた結論は、地方の主要産業である農業に何が起きているのか?それを自分の目で確かめ技術で貢献したい、だった。そんな思いから、勤務先に申し出て円満退職。農業を学ぶために、北海道に移り住むことにした。33歳の時である。
 
 十勝地方の大規模な畑作農家で、農業を学ぶために3年間を過ごすことになる。研修先の農場は、ジャガイモ、小麦、ビート(砂糖の原料)、ブロッコリーなどの大規模生産者だった。畑作が90ha、放牧養豚が40ha、合わせて130ha。ここは食品の原料となる作物を多く栽培し、緑肥や放牧養豚を取り入れた輪作による循環型農業や、減農薬栽培を推進していた。
 勉強にはなったが、大規模農業の北海道ではなく、都市近郊で農業をすることにした。北海道で農業をするデメリットは、消費者とコミュニケーションがとれないこと。フィードバックが遠い。消費地ならば、「手ごたえのある農業」ができると考えた。
知り合いを頼って、千葉の農事組合法人で2年研修することとなった。その関係で、同じ集落に農地を借りることができた。5年前のことである。
 
 <変わり種のナスやピーマンを栽培>
 現在は、2ヘクタールの農地と2本の簡易ビニール温室で、変わり種の野菜を作っている。栽培している作物の特徴は、「ややマイナーな、しかし、そこそこに市場がある野菜」(大久保さん)。
 大久保さんが栽培している野菜を列挙してみる。生で食べられるトウモロコシ(サニーショコラ)、ピーマン臭が殆どないピーマン(子供ピーマン)、ステーキにして食べられる白ナス(揚げてトルコ)、イタリアから来た丸茄子(これもステーキで)、芽が浅くて剥きやすいジャガイモ(とうや)、春と秋に採れるコールラビ等々。
 これらの品種を出荷するときに、大久保さんは、袋詰めした野菜に「シール」を貼ることにしている。たとえば、白ナス(トキタ種苗)の袋には、「揚げてトルコ」と青字で品種名を書いた後に、「肉質が緻密、加熱でクリーミー、グリル、ソテー、揚げ物など」と赤字で料理法と食べ方を説明しておく。
 直売所で通常100円の白ナスが、品種特性や料理法の説明を書くだけで、120円から150円で売れる。シール一枚の値段は2円。手間暇はそれほどかからない。ものの数分の作業で、100枚くらいはシールを添付できる。お安いものだ。
 
 <減農薬、特栽レベルの栽培方法>
 循環型農業や減農薬を推進する農家で研修をしていたこともあり、基本は減農薬。現状では、有機栽培はしていないが、農薬をまくのは必要な時だけ。品目にもよるが、一回程度で済むものもある。化学肥料もなるべく使わず、緑肥のすきこみを主体に栽培体系を組み立てている。燕麦、ソルゴ、ひまわりなどを緑肥として使用する。
 連作を避けて、例えば、ジャガイモ(ナス科)→ブロッコリー(アブラナ科)→トウモロコシ(イネ科)→落花生(豆科)→ニンジン(キク科)→緑肥(順番は変わる)で栽培体系を組み立てる。輪作の効果なのか、土壌消毒を行う必要が発生していないそうだ。土中の有用微生物を活かしたままにできるからだ。栽培を促進させるため作物の根元に貼るマルチには、生分解性のある資材を使っている。値段は通常品の3倍する。地球環境によいからだが、それだけが採用の理由ではない。
 大久保さんいわく、「そのまま分解して土に還るので、分別してゴミとして排出する手間もかからない。そもそも有機農家さんでも、通常のマルチを畑の横で燃やしている人を目にしたことがある。有機栽培者として、あれではどうかと思いますね」。
 
 出荷先は、意識して分散させている。インタビューの目的だった「プラネット・テーブル」(野菜の取引プラットフォーム会社)の出荷構成比は約10%。品質的には高品質の品物を送る(偏差値55点〜65点の商品)。スーパーなどで店頭委託販売をしている農業総合研究所には、全体の30%(偏差値45点〜55点程度)を出荷している。近くの直売所が残り40%を占める(偏差値45点以下のものから上位のものまで幅広く)。
 さらに、上級品(偏差値60点以上)の10%は、自由が丘にある野菜専門店に送品している。「農業生産はリスクと背中合わせ。天候次第で、作柄はいつどうなるかわからない」(大久保さん)。
 例えば、ジャガイモは、生産性は低いが栽培リスクも小さい。土の中で自然に太るからだが、収量が確実なわりに販売収入も小さい。トウモロコシはそれとは逆で、単価は高いがリスクも大きい。その組み合わせは、金融商品でポートフォリオを組む発想と同じだ。金言にある。「一つのバスケットに、全部の卵を入れないこと」。
 出荷先も品目も、分散させているから、一品目で100万円を超えるものはない。大量には作らないのは、大久保さんが、生物の実験が好きで、常に新しい品目に工夫しながら挑戦するのに向いている農家だからだろう。
 
 <「兼業農家」というユニークな生き方>
 わたしは、「それならば、タネやさんから種子を買わず、ご自分で育種してみてはいかがですか?」と水を向けてみた。まんざらでもなさそうだが、大久保さんは「自分は兼業農家だから」と意味不明な答えをしてきた。さらに突っ込んで、個人的な事情を聞いてみた。
 いまでも、元の土木耐震設計の仕事を継続しているのだった。「特別な耐震設計を得意としていたので、今でも必要としていただいています。」。北海道時代もテレワークで、そのしごとを続けていたらしい。農業生産と土木設計技師の二足のわらじを履きつつけていたのだった。
 農業の栽培技術があるひとならば、ふつうは、大規模農業生産に取り組もうとするものだ。しかし、大久保さんにはそうした志向がまったくない。おもしろいひとだと思う。
 「農水省は農業の大規模化と専業農家を推進しているけど、(わたしのように)一生「兼業農家」という行き方があってもいいんじゃないですか?」(大久保さん)。
 土木耐震設計の特殊能力があるからこそ言えることだが、副業でアルバイトしながら本業もきちんとこなすビジネスマンが出てきているくらいだ。主婦をやりながら仕事もキャリアでバリバリこなす、キューリー夫人のような日本女性も、ふつうに生まれてきている。男性だって、大久保さんのようなタイプの「兼業農家」もあってもいいのかもと思ってしまった。
 もしかすると、未来の都市近郊農業を支える生産者は、大久保さんのような達人ではないだろうか。新しい兼業農家の姿を発見した取材だった。

| Kosuke Ogawa | 08:35 | - | - | pookmark |

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