おもしろい本だった。そして、語り手でCCC創業者の増田社長が、わたしと同じ年(昭和26年生)だと知って驚いた。増田さんは、わたしなんかよりずっと年上の方だと思っていた。でも、写真を見ても発言を聞いても、やはり64歳にしてはとても若いと感じる。
この本は、10月の小川ゼミの課題図書に指定してある。学生たちがどのように読むかは、それこそ”謎”である。以下では、わたし流の「謎解き」(解説)である。本に対する感想を、章別の短いコメントにまとめてみた。川島さんの近著と、内容的にやや重なる部分がある。
(1)蔦屋の謎#1:なぜ、TSUTAYAが家電店を?
ライフスタイル提案・創造型の企業を4つ上げるとすると、わたしのセレクトは、IKEA、ヤオコー、カインズ、ユナイテッドアローズの4社である。これに、最近になって、ナチュラルローソンとTSUTAYAが加わった。最後のTSUTAYAは、書籍やDVDだけではなく、家電やライフスタイル雑貨なども扱うようになった。
ラインロビングの「なぜ」に対する答えが、第一章に書いてある。「蔦屋家電」は、オーディオ製品や冷蔵庫のようなモノを売るのではなく、家電製品を部品として組み合わせて、生活スタイルを提案している。店頭にモノを並べるのではない。徹底的なセレクト行為によって、商品から構成される魅力的な住まいの作り方を見せるのだ。
どうやら増田さんは、北欧由来のIKEAに触発された形跡がある。IKEAとTSUTAYAって、なんとなく語感が似ていませんか? もっとも、蔦屋というの屋号は、江戸時代の吉原近辺に実際に存在していた書店の名前だそうです。
(2)蔦屋の謎#2:なぜ、巨大書店を全国に展開する?
増田さんは、きっと風水を気にする人だろう。なぜなら、店とは神様が宿る「神社」だと主張しているから。蔦屋の店舗にも、参道のような回廊や、天に抜ける空や、大きく起立した樹木が必要だと考えている節がある。ショップに入るまでの気持ちの高まりは、タワーパーキングの暗闇の中では大きく削がれてしまう。わくわく感がなくなるからだそうだ。だから、代官山の蔦屋書店(T・SITE)で、駐車場は青空パークにしてある。
第二のなぜに対する答えは、ネットの時代だからこそリアルな店舗が必要だからだ。しかも、ふつうのチェーン店ではだめで、「代官山 蔦屋書店」のようなフラグシップ型の店舗だという。たしかにそうだ。アマゾンや楽天のようなネット書店全盛の時代でも、本は書店やブックオフで買われている。いまだに書籍は、衝動買いの典型的な商品なのだ。
だからこそ、リアル書店では購買時の雰囲気を大切しなければならない。その答えが、「代官山 蔦屋書店」だったらしい。店舗にその他のショップを併設したのも、単に本を買うのではなく、本を読みたくなるくつろぎの空間も演出するためだった。
そうそう、ブックオフが店内で立読みをすることを奨励して、読書室を設けたのも、蔦屋と同じ発想だった。つまり、本ではなく空間を提供しているとビジネスを定義しなおしたから。これは、創業期のパートナー、ハードオフの山本善政社長のアイデアだったそうだ。
(3)蔦屋の謎#3:なぜ、ビッグデータより勘なの?
この章に書いてあることは、なかなかうんちくが深い。この本を読むまで、会社名(CCC)の「カルチャー」と「コンビニ」の組み合わせに、わたしは違和感があった。しかし、この章を読んでなるほどと納得した。増田さんは、大阪の枚方でTSUTAYAを創業した時から、「文化の森」を志向していた。だから、手軽にカルチャー(文字や映像=情報)だったのだ。
「事実」と「情報」の違いを知ることは、衝撃だった。そうか、情報は事実を抽象化してあるデータだったのだ。だから、事実を確かめるために、もう一度、現実に触れなければならない。情報だけでは、事実の再生は不可能だったのだ。
TSUTAYAは、企画会社である。うかつにも、そのことに気が付かなかった。そして、明らかにこの会社は製造型の企業ではない。商品を編集して稼ぐ小売業だ。だから、当然企画力が生命線になる。その企画・分析力の根源に、(ビッグ)データと勘が同居していなければならない。データだけで企画はできないが、企画力はデータに根拠を持たないと危ういものになる。
直感が大切と言いながら、きちんと数千万人の購買データを収集して活用している。ショッピングに確たる法則は存在している。それを大量データで、クラスター分けしておく。ときには、一人ひとりをプロファイリングできるようにしてある。
(4)蔦屋の謎#4:なぜ、”おんな”の気持ちがわかるの?
川島さんは、この章で増田さんの生い立ちの謎に迫っている。増田家の家業は、もともとが土建屋(父親)と置屋(祖父)だった。色街に育ってきたひとだから、自然と女性的な感性を身に着けてられた。企画とかデザインとか商売のこつは、祖父の時代の置屋の遺伝子なのだろう。
今の時代、女性の気持ちが理解できることは、とくに小売りサービス業では断然、有利になる。いま活躍している経営者たちをみていると、男性的な感覚のひとは、ビジネスの浮き沈みがわりに激しい。それに対して、(男性でありながら)女性的な感性を持ち合わせた経営者は、どういうわけかビジネスが安定している。
むかしから、「女かまどは固い」と言われている。「固い」とは、堅実な商売の意味である。増田さんは、結構、商売に浮沈があるようだが、一般的な印象では、TSUTAYAのFCビジネスは安定成長してきたように見える。女性的な感性のたまものなのだろう。
(5)蔦屋の謎#5:なぜ、会社を「小さく」するの?
会社を非上場化してホールディングにしたときから、TSUTAYAは分社化を続けている。
増田さんの思いを解釈すると、人は「ヒューマンスケール」の中で輝く(節タイトル)。大きすぎる組織のなかで、人間は楽しく働けないものだ。そして、発想豊かな自由人は、能力を十分に開花させることができない。
大きな組織は、必然的なクリエイティビティを失っていくものだ。かつて輝いていた大規模メーカーやチェーン小売業のいまを見るがよい。だから、TSUTAYAはフラットな組織を創って、「互いに名前がわかる規模」の細胞ををたくさん作ることにした。
ビジネスの運営に関わるこの方向性(小さな組織を目指す)は、本書の一貫した考え方である。そして、わたしも未来の企業組織は、そのようにあるべきだと考えている。増田さんの発言に、それはよく表れている。
「CCCでは、代官山蔦屋書店をチェーン化していくつもりはありません」(P.70)。地方ごとにちがう店舗、違うオペレーション、違う人材による「個店」でよいと言っているのだ。
わたし自身がとても共感できて、なおかつ増田さんの時代認識をよく表している文章を紹介して、この書評を終えたい。引用は適当に編集してある。少し長くなるのでご勘弁を。
消費社会には、いくつかステージがある。いまは三番目のステージにある。ファーストステージは、物が足りていない時代。お客さんはモノそのものに価値を感じていた。モノがいきわたって、「ファーストステージ」は終わりを迎える。代わって何が新しい価値になったのか。
「セカンドステージ」は、”プラットフォーム”の時代です。均質なチェーン店が全国に広がっていった。リアル店舗では、チェーンストアの時代。お店でいえば、ダイエー、すかいらーく、マクドナルド、セブン-イレブン、イオンモール、ユニクロ。どれもルーツは米国にあったもの。それを輸入してきた。アマゾンや楽天のようなネット通販サイトの登場で、このプラットフォームは飛躍的に広がった。
しかし、ネットの普及で、お客さんは時間や場所に縛られることなく、買い物を楽しめるようになった。そして、プラットフォームが溢れてしまった。
「サードステージ」は、お客さんが「編集権」を持つ時代。”選ぶ技術”を持った消費者に対して、お店の側に求められるのは提案力だ。
ここで編集は終わる。以下は、わたしの見解になる。
結果をいってしまえば、第三段階で、店舗の棚やネットにモノを並べておくだけでは、商品は売れなくなる。リコメンデーションや提案がないとものは売れない。ということは、専門知識とスペシャリストが必要になるということである。
つまりは、差別化の要因は、極めた人の技能と、専門家に体化している知識ということになる。未来の店舗は、だから当然のことながら、標準的なチェーンストアではない。この点で、増田さんとわたしの未来予想図は、完全に一致している。
そのときに3つの禁じ手が登場する。
①企業規模を大きくしすぎてはいけない。
②標準化に走りすぎてはいけない。
③効率を追求するあまり、人をモノによって代替しすぎてはいけない。
小さくても強い店舗を造るためには、「アンスケーリング」(大きくしないこと)が必要なのだ。