【ドラフト】「女子力番外編(#3):日本のマラソンブームを創った女性市民ランナー、下条由紀子さん(『月刊ランナーズ』編集長)」

 先週の金曜日(6月6日)の夕方、北海道の美瑛ハーフを走る前、神宮外苑近くの「(株)アールビーズ」(ランナーズ編集部)を訪問した。編集長の下条由紀子さんに、7月31日発売予定の『CSは女子力が決める』(生産性出版)で、コラム「女子力番外編」の主役として登場していただいた。

「女子力番外編(#3):日本のマラソンブームを創った女性市民ランナー、下条由紀子さん(『月刊ランナーズ』編集長

 出版不況の今でも、販売部数を着実に伸ばしている雑誌がある。走る仲間のスポーツマガジン『月刊ランナーズ』である。1976年2月の創刊で、発行部数は20~25万部。編集長は、女性市民ランナーの先駆者、下条由紀子さん(66歳)。
 「ユニオンクレジット(UCカード)」でPR誌の編集を担当していた下条さんは、25歳の時に、会社の同僚に誘われて皇居の周りを走り始める。「走ることは心身のストレス解消に最高!」とすぐに走る魅力に取り付かれたという。
 当時付き合い始めていた橋本治朗さん(66歳)は、大学を出た後そのままプロのカメラマンになった人。文藝春秋などに、フリーで写真や文章を寄稿していた。橋本さんは、マラソンを走っている下条さんの姿を見て、文藝春秋に「皇居を走る市民ランナー」という企画を持ち込んだ。アメリカではケネス・H・クーパー博士が提唱した有酸素運動がブームとなり、スポーツが健康つくりに効果があると話題になり始めていたころである。女性の市民ランナーにスポットライトを当てた8頁のグラビアは、読者からの評判がすこぶるよかった。この企画をきっかけに、旦那さんの橋本カメラマンも走りはじめることになるが、この年にふたりは結婚。仕事も家庭も二人三脚で走り始めることになった。

 1975年、「ボストンマラソンに日本の市民ランナーが走りに行く」という新聞記事が出た。「一般人がツアーを組んで走りに行くのがおもしろい」と思った橋本さんは、文芸春秋に取材を打診してみた。すると、取材費用(40~50万円)を文春がもってくれることになった。その前年に、美智子ゴーマンさんという日本人が、初めてボストンマラソンで優勝していた。下条さんたちは、美智子さんとも友好関係を持って帰国した。日本にはそのころなかった市民マラソンを、伝統のボストンマラソンで実現していたことを紹介したグラビア写真が大好評だった。
 フリーで編集の仕事をしていた下条さんは、写真家の橋本さんとふたりで雑誌を出したいと思うようになっていた。もちろん、走る仲間のための雑誌である。ジョギングブームで先行していた米国では、1966年に『ランナーズ・ワールド』が創刊され、ランナー向けの雑誌には堅い読者層がいることがわかっていた。
 しかし、雑誌の刊行には、ふたつのハードルがあった。第一に、創業資金の問題である。「二人の貯金を全部足し合わせても50万円しかなかった」(下条さん)。二番目は、販売チャネルの問題である。書店の店頭に並べるには「問屋」(取次店)を通さなければならなかったが、読者がいるかどうかわからない雑誌を引き受けてくれるはずもなく、断られてしまう。「仕方がないので、予約制で定期購読の読者を集め、通信販売で雑誌を出すことにしたのです」(下条さん)。

 最初の読者募集は、1975年に日本で初めて開かれた「全国タートルマラソン世界大会(25KM)」の出場者たち。主催者に参加者の連絡先リストをもらい、全国のランナーたちにアンケートを送った。「ランニングの情報誌を出したいのですが、ご意見をください。発売したら、買ってくださいますか」に対して、「大賛成」「必ず買う」という意見が大勢を占めたという。創刊前に送った郵便振替用紙への入金は雑誌自体がまだ出てもいないのに、意外にも1000以上人から入金があった。雑誌の定価は、一冊280円(当時のコーヒー一杯の値段)。280円×年10回刊行で3200円、5回分(半年)=1750円(郵送料込み)という値段設定だった。
 1976年2月に、『月刊ランナーズ』を創刊。創刊号は32頁の薄い雑誌で、発行部数は5000部。定期購読以外に、青梅マラソンなどの大会で取材をしながら雑誌を売り歩いた。翌年夏、ライバル誌が大手スポーツ出版社から発売されると同時に、取次店が取引に応じてくれることになり本屋店頭に並んだ。
 下条さんは、創刊以来30年以上、編集長を務めている。そして、いまでも市民ランナーとして走り続けている。女性市民ランナーの先駆者だった下条編集長について、夫の橋本さんは語っている。
 「雑誌創刊前に出た青梅マラソン(30キロ)には、2人の女性参加者がいました。その1人が下条でした。当時の彼女タイムは覚えていませんが、ベストはもっとずっと後、40歳のときの2時間6分と聞いています」

 なお、出版事業が軌道に乗ってからは、マラソン大会の開催(サロマ湖100KMなど)、大会での参加ランナーのゴールタイム計測(ランナーズチップ)、大会のエントリー(RUNNET)などに事業を拡大している。また、東京マラソンの大会運営など、全国で開催されている年間700を超えるマラソン大会をRBSが運営面で支えている。