母の日の前日に思う: 国内カーネーション農家の10年後、歴史は繰り返すのだろうか?

 昨年(2013年)1月23日(水)に、わたしはイタリアのサンレモ花市場にいた。「2013年欧州ツアー#4:歴史は繰り返す、サンレモ花市場の100年後」という記事を、得意の左手親指(ガラケイ)で、女子高生のように素早く書いて、日本にいる秘書の福尾(美貴子)に送っていた。



 その日は、地中海沿いの険しい山道を、10人乗りのマイクロバスでフランス国境からイタリア領に抜けた。いまでも、その風景をまざまざと思い起こすことができる。一年半前の記事は、つぎのように続いている。

 「高度500~800m眼下に、アズール色の地中海を見下ろす。切り立った斜面にびっしりと温室が張り付いている。本格的なガラス温室もあるが、大方は中南米でよく見かける簡易な温室だ。何を作っているのだろうか。野菜、まさか花?サンレモの輸出業者に、この正体不明の温室で育てられているのが、花や切り葉であることを教えられた。
 イタリアンルスカスやラナンキュラスなど。もちろん、カーネーションやバラも。イタリア半島の付け根、北イタリアの「腋の下」のごく狭い地区で、推定3~4万戸の農家が花を作っている。トータルで約8億ユーロ(約千億円)。しかし、イタリアの花き産業は衰退気味である」(2013年1月23日、DAY WATCHから抜粋)。

 19世紀後半(150年前)に、イタリアのサンレモ周辺で欧州の花き生産は始まった。日照時間が長く、加温の必要がないサンレモ地域は、簡易な雨よけハウスで花が生産できた。意外なことだが、オランダが花の世界で世界を制覇する前(1960年代)は、イタリアの花生産者たちがサンレモに花市場を作って、欧州全域に花(カーネーション)を輸出していたのだった。
 ところが、2万人以上の労働者が働いていた花市場は、20年後のいま、荷物がほんとなく閑散としている。8割が直接海外に運ばれるので、オークションの荷捌きスペースは必要がなくなったからである。10年後の日本の姿を見ているようだった。
 イタリアの花農家も、きびしい状態にある。推定の年収は240万円。税金が高い(45%)から、手取りは半分にしかならない。ガイドさんの話では、かつてはこの倍の収入があったという。
 コロンビアのカーネーションやケニアのバラに対抗することは、コスト的にむずかしいのだろう。わたしたちが訪問した「ノビオ社」(カーネーションの種苗で30%シェア)でも、海外の産地と提携している。生産品目は、ルスカスやラナンキュラスに切り替えている。

 明日は「母の日」である。国内のカーネーション農家は、最盛期の半分以下に減っている。母の日のカーネーションは、輸入が7割を占める。量販店での取り扱いは、ほぼコロンビアと中国からの輸入品である。
 国内農家が市場を失えば、国内の卸売市場もいずれは「市場」を失ってしまう。先ほど、フジテレビの番組編集担当者(女性ディレクター?)から、取材の依頼があった。「コロンビアの花産業の経済的な位置は?」というテーマを報道番組(「母の日」の夕方)で取り上げるらしい。
 申し訳ないが、そのような記事(コロンビアのカーネーション)は、わたしのブログにすべて書いてある。「記事を読んでください!」。つれない返事で携帯電話を切った。テレビ局の人と話しても時間の無駄である。自分で努力して調べないで、わたしたち知識人にすべて聞こうとする。

 さて、国内花農家は、きびしい現実に直面している。「母の日」がカーネーションを贈る日である限りは、この市場は輸入に席巻されてしまうだろう。もっとちがうアプローチをしないと10年後はないだろう。
 しかし、母の日を迎えて、潤っている国内生産者もいる。たとえば、ミニバラの生産で日本一の「セントラルローズ」(@岐阜県)の大西隆さん。一昨日(5月8日)、たまたま別件で電話を入れたのだが、温室にいるらしく、商売が繁盛していて手が離せない様子。
 こちらも申し訳なくて、「大西さん、なんでそんなに商売が好調?」との短い質問に対して、「品質が良くなったからでしょ」とのこと。
 本来的に努力すべき方向は、価格ではなく品質と品種なのだろう。10年後に残っているだろう生産者は、やはり目指すべき方向が違っている。そう感じて、急いで電話を切った。商売の邪魔をしては悪いだろう。