中棚荘滞在日記(8): 思いがけない来訪者

 宿の方に手伝ってもらい、「しろがね」を引き払って、「藤村」に荷物を運んでいた。めずらしく、部屋置きの電話が鳴った。フロントからだった。「福尾様が、お二人でお見えです」。約束はしていなかったよな。わたしは、一瞬「?」



 「お部屋にお通ししますか」とフロントの女の子が尋ねた。「こちらからフロントに行きますから。そこで待ってもらってださい」と答えた。
 秘書の福尾にちがいないが、人が悪い。黙ってきたな。毎日、こうしてblogをアップしてもらっているのに、宿まで来るとは。事前には、なんのそぶりも見せなかったな。

 完全に意表を突かれた。連れは誰だろう?平日だから、銀行に勤務している旦那が休みを取れたのだろうか。息子さんは受験生だから、ありえないな。
 推論をしながら、フロントまで上がっていった。なんと!福尾の横に立っていたのは、同期でゼミ長だった山口(穣)だった。看板や内装工事を請け負っている会社の経営者だから、時間はどうにでもなるのだ。

 もともと福尾(美貴子)を、妊娠した内藤光香(みつか)の次の秘書にと口説くときに、山口に仲介を頼んだのだった。「8月のはじめに、黙って行こうと思って計画してたんですよ。でも、平日だとみんな仕事があるでしょ」
 ひとりで来るのを憚って(笑い)、山口を共犯者に仕立てたというわけだ。わたしは、7月末に、中棚荘に3週間の連泊を決めた。そのときにすでに、福尾の「小川先生びっくりさせプラン」は、練りはじめられたらしい。
 やられてしまった。しかし、黙って不意打ちはいいが、リスクもある。泊りではなく、日帰りである。わたしが、走りに出ていたら、いったいどうしたのだろうか。じっと待ってくれていたのだろうか?携帯を置いて走りに出るので、二時間も宿に帰らないこともある。

 二人を移ったばかりの藤村に案内した。昨日までとはうって代わって、片付いている。わたしは、整理整頓ができるように見えるらしい。やった!
 2時までは、別棟のはりこし亭で、おそばを食べることができる。その前に、せっかくだからと、お風呂に案内した。12時半である。

 わたしは山口とふたり、男風呂へ。福尾は、女湯へ。ここは、男女の入れ替えがない。女湯の方がどんなふうになっているのか、気にはなっていた。「誰もいなかったら、わたしたちを呼んでね」と、ずうずうしいわたしたち。
 誰もいなければ、探検隊は、女湯を覗きに行くつもりだった。もちろん、福尾にことわってのことだ。だが、「先生、がっくりでしたね(笑)」と福尾から事後に連絡あり。もうひとりお客さんがいて、女湯には入れなかったのだ。

 湯上がりは、はりこし亭で、三人で名物のおそばを食べた。
 福尾とわたしは、ふつう盛り。山口は、大盛りを頼んだ。並盛りの850円が、大盛だと200円増しになる。支払いはもちろんわたしだ。しこしこ、腰が強い手打ちの麺でうまい。145年前に立てられた建物は、有形文化財だ。
 吹き抜けになっていて、高さが8メートルもある。54畳で一間の作りの部屋である。たしかに、50~60人程度の結婚式なら、簡単に出来そうだ。趣もある。
 これは、はりこし亭の丸山主任(夜は、わたしのお世話係)から聞いた話だ。そういえば、秘書の福尾は、丸山さんにお土産を持ってきた。キハチの袋に入っている。バウムクーヘンと書いてある。山口が持ってきてくれた、とらやの一口羊羹は、女将(富岡洋子さん)に渡して、宿のスタッフみんなに食べてもらうことにしよう。

 午後2時。わたしは走るために、福尾と山口は景色を楽しむために、高峰高原に案内した。標高2千メートル。高峰高原ホテルまでは、山口が福尾のクラウンを運転した。
 わたしは、いつもの本田CR-Vを運転。ふたりを残して、はじめに到達できなかった池の平湿原まで、往復9KMを。1時間はかかる。
 ふたりを、ランプの宿、雲の上に野天風呂がある高峰温泉の前に残し、わたしは、峠を越えて走りはじめた。

 注: 高峰のホテル駐車場から湿原まで、行きは29分、帰りは26分、かかった。