信州小諸、中棚荘から

 昨日の夕方、宿に着いた。食事の前に、標高千メートルのサイクリングロードを、4キロほど軽く走った(自分の足で!)。そのあとは、長距離ドライブの疲れのせいで、朝までこんこんと眠ってしまった。小諸も雨。台風の影響で全国的に雨模様のようだ。


朝ごはんは、長野らしく、麦とろのご飯。林檎ジュースが出た。それに、フルーツトマト。仲居さんに薦められたが、搾りたてのやぎのミルクはさけることにした。動物の乳は苦手である。
 女性2人連れと、小さな子供がいる家族客がほとんどである。熟年夫婦が数組いるが、わたしのような一人旅の客は皆無である。カップルもいない。
 女性客が多いので、人気の宿だとわかる。一泊二食付きで、1、1万円~1、8万円。部屋はやや狭いが、食事の質がいいから、お値段がリーズナブル。

 お風呂は、薬湯みたいな濃い色。10月を過ぎると、紫のお湯に赤い林檎が浮かぶらしい。さきほと、朝食の前に、朝風呂に浸かりに行った。
 お湯の表面に、黄金虫が一匹、羽をばたつかせて、くるくる回って浮いていた。
 浴槽の壁を見ると、「この露天風呂には、ときどき虫たちが葉っぱを食べに遊びにきています。逃がしてあげてください」。やさしい店主さんだ。手で掬って、逃がしてあげた。

 早朝から雨だった。高峰高原までは走りに行けず。チェックアウトしたら、山越えをして2千メートル級の坂道を見に行くいくつもりだ。途中には、キャンプができる天狗温泉(浅間山荘)もある。もうひとつの合宿候補地である高峰高原ホテルには、まだ連絡をしていない。

 仕事がひとつ終わり、ゆったりしている。もう一日、このままいたくなる気持ちだ。
 信州小諸、中棚荘。大正時代、島崎藤村が長逗留して、小説や詩を書いた旧い宿である。
 そのころ、いま温泉宿となっている中棚荘は、「中棚鉱泉」と呼ばれていたらしい。600メートルの深さからお湯をくみ上げたのは、ずいぶんとあとになってからのことだ。
 島崎藤村は、東京に家族で出ていく前は、この付近の高等学校で先生をしていたらしい。当り前だが、写真の島崎は和服姿である。

 東京から来ると、圧倒的に涼しい。わたしは、ロビーのカウンターに腰掛けている。
 朝食の後、ロビーでコーヒーを頼んでみた。いまやめずらしいサイフォンコーヒーである。やや酸味の強いコーヒーだった。キリマンジェロか、モカか?
 ソーサーの陶器に、野の花が一輪、さしてある。なんとも、小粋である。
 全面のガラス窓を、涼しげな木々の緑が覆っている。その遥か向こう側を、藤村が謡った千曲川が、つの字の形にゆるりと蛇行している。

PS(帰宅後):
 8月下旬から9月上旬の3週間、この宿に長逗留することにした。
 マラソン練習の走路を確保してきた。高峰高原まで35分、天狗温泉までは20分。