わたしが考える農業、10年後の未来像

 雑誌『オルタナ』(森摂編集長)から、「わたしが考える農業」というテーマで原稿の依頼を受けた。森さんとは、チェコ料理で共闘中である。編集担当の吉田さんからは、先々週、吉田さんがいただいたすずらんのお手いれについて、質問を受けた。大田花きの宍戸君が電話に出なかったので、花が散ったあとのお手入れについては、まともな解答ができなかった。いつもながら、ごめんなさい。そんなわけで、依頼された原稿は、つぎのようになりました。


20年前から、わたしは花と野菜の産業、とくに流通分野に深い関わりを持ってきた。店舗や配送センターを見学しているうち、生産現場にも足を踏み入れることになった。マーケティング研究者が、花産業や有機農産物の流通に興味を抱いた理由はふたつである。
 ひとつは、日本の農業が、グローバルに見て圧倒的に生産性が低いことを知ったことである。切り花(キク)を例にとりあげると、日本の農家の生産性は、オランダの約3分の一である。例えば、オランダ人が一本15円で作れるキクを、日本人は約45円で作って出荷している。ところが、土地の利用の仕方や栽培の方法を変え、作物を生産性が高い品種に切り換えれば、生産コストは半分以下にできる。現状の低生産性のゆえに、逆に将来性が高い産業だと確信して、わたしは農業を研究対象とすることに決めた。
 もうひとつは、農産物の流通システムやマーケティング技術が未成熟なことである。日本の農業技術は世界一である。収穫直後ならば、品質も世界ナンバーワンである。それが、優れた品質の農産物が、消費者の手に届くまでには驚くほど劣化してしまう。生産・流通・販売の各段階が、情報・物流面でうまく統合されていないためである。
 
 そして、あるとき、農業は不思議な産業であることに気がついた。オランダから「MPS」(花き産業環境認証プログラム)を日本に導入した2006年ごろのことである。MPSは、1995年にオランダで生まれた花の環境認証プログラムである(2010年からは、日本でも野菜の分野に進出)。減農薬・減肥料・減エネルギーに努力した農家に対して、100点満点でABC評価の認証が与えられる。投入された農薬や肥料、電力や重油の量をデータで測定する。例えば、MPSの参加農家は、CO2の排出量が農産物ごと圃場ごとに測定できる。エネルギーや農薬の使用量を削減できて、同時にコスト削減が達成できる(オランダは10年間で470戸の農家平均、環境コストを約25%削減できている)。
 同じことは、1980年代に米国ではじまった「精密農業」(precision farming)についても言える。精密農業では、GPS(位置情報システム)やGIS(地理情報システム)、リモートセンサリング(圃場別の肥料・収量センサー)などの測定ツールを用いて、施肥や施薬をデータ管理する。圃場や農作物を細かくデータ管理するので、コスト削減は当然のことながら、環境負荷の低減にも資するができる。こちらも、環境親和性が高い技術である。
 
 科学のメスが入るようになれば、農業は従来のように「どんぶり勘定」で経営されることはない。優れたIT技術や便利な測定ツールを得た農業は、企業的にマネジメントされる。生産性が向上すれば、労働環境は改善されるだろう。働きがいがある職場になることで、農業が製造業や流通業と肩を並べる日がそれほど遠くない、とわたしは考えている。
 ただし、「農業の生産性向上」は、ふたつのことが前提になっている。ひとつは、土地の利用制度を見直すことである。農地の耕作主体として、利用者のほうが所有者に比べて有利になるように、土地制度を変更すべきである。もうひとつは、農業分野への移民の受け入れである。研修生としてではなく、彼らを季節労働者として受け入れることである。自給率を維持しようとするならば、農業分野では、低コストの労働力が必要である。
 現実的に考えれば、日本人だけではもはや日本の自然環境を保全することができない。農村部に海を渡ってくる労働力を受け入れることは、きわめて環境にフレンドリーな実践である。農産物の輸入で余計なCO2を排出したり、海外から希少な水資源を多量に輸入することは、グローバルな視点から見れば大きな罪なのではないだろうか?