夏休みの間は、実によく走った。8月は月間207キロ。調整池の周りを、朝、夕のどちらか、一回で4~5周する。周囲は約1.2キロである。朝夕、左前足が悪いワンちゃんが、白髪交じりのおじさんに連れられて散歩をしているのを見かけた。足の悪い犬の姿がすごく気になっていた。
足を骨折しているのだろうか、おじさんと10メートルほどゆっくり歩いては、芝生の上に横になっている。わたしは池の1周を6分ほどで、団地の芝生に戻ってくる。それでもまだ、10メートルも先に進んでいない。
ときどき、抱っこしてもらったそのワンちゃんは、怪我をしている足やお腹を、おじさんにやさしうさすってもらっている。気持ちよさそうだが、なんとなく涙ぐましいのだ。そして、暑い夏の間には、はあはあ、ワンちゃんは息をきらしていた。
今日の夕方、とうとう、そのおじさんに声をかけてしまった。ワンちゃんの足の様子が、気になってしかたがなかったからである。
そのワンちゃんは、たぶん柴犬だと思う。オスで、名前はボス。年は16歳。人間ならば、80~90歳。かなりの老犬である。子供の頃に怪我をして、左前足が直らないまま、いまでも足を引きずっているとのこと。第一関節が完全に折れ曲がっている。おじさんいわく、ゆっくりの散歩に欠かさず連れてくるのだという。老犬だからだろう、すでにからだが弱っていて、歩きそのものが遅いのである。痛々しいが、それでもボスにとっては気持ちのいい散歩なのだろう。
おじさんも昨年、しごとを引退してから、ボスを散歩に連れて歩くのが日課になっている。 清水口の調整池は、秋には白鳥が飛来するし、アヒルも鴨も、大きながま蛙もたくさんいる。背の高いユーカリが生えた白鳥池の周りは、絶好の散歩コースである。
犬を飼っている家が実に多い。走っていると、近所の小桜さんのおばさんや、金子さんの奥さんが犬を連れて散歩している。挨拶を交わすが、70歳をとうに越えている小桜さんでも、わたしが5周する前には、自分の犬を連れて自宅に戻っている。
だから、老犬ボスとおじさんの歩みの遅さが実に目立っていた。明日からは、おじさんと会話ができる。寂しそうだが、賢い目をしたボスを、直になでてあげることもできそうだ。さっき、ボスをベンチに横にして、中野さん(わたしは勝手にそう呼んでいる)は、近所の別のおじさんと会話していた。ゆっくりの会話である。一周してもまだ話は続いている。
そうそう、老犬のボスのボス中野さんは、63歳である。わたしと5歳しか違わない。 わたしも五年後には、中野さんのように、頭が真っ白になって、ワンちゃんを散歩させているだろうか?