昭和26年ごろの川越線 上りと下りでかかる時間がちがう!

昨日は、埼玉の大宮にある「鉄道博物館」に調べ物をしにいくことになった。子供たちが小さいころ、秋葉原あった「交通博物館」によく連れていった。昭和26年8月、その後に、㈱ヤオコーの常務になる犬竹一浩少年(当時9歳)が、父母と乗った電車が蒸気機関車だったことを確認するためである。


結果は、予想通りに、やはりD51であった。最初は電話でたずねたのだが、とても親切だった。鉄道博物館の図書館で、学芸委員の女性が、機関車の配置表で確認してくれた。
 昭和26年に、犬竹少年が乗ったのは、川越線からで、武蔵高萩10:07~高麗川10:15。高麗川(こまがわ)の駅で乗り換えて、24分待ち。八高線で、高麗川10:39~毛呂~越生~明覚~小川町11:15。
 当時(昭和24年と26年)の時刻表を見ていて面白いことを発見した。川越線の武蔵高萩と高麗川の間は、下りが8分掛かっている(上記)。しかし、帰り(高麗川~武蔵高萩)は6分しか掛かっていない。蒸気機関車だったので、下り方面が、坂の急な昇り勾配になっていたかららしい。
 また、その二年前、昭和24年では、同じく区間で9分も掛かっていた。ごく短期間でスピードアップしているのである。さてさて、電車に代わったいまは、同じ区間が何分で走っていると思われますか?皆さん!調べてみてください。