日本リテイリングセンター(JRC、ペガサスクラブ)のマーチャンダイジング・コンサルタント、桜井多恵子さんの近著である。辛口批評家の小川先生が、一押しの5★である。学部演習生たちの8月課題図書に指定したので、あまり詳しく書きすぎると、学生たちの感想文に影響を与えてしまいそうである。簡潔に行きたい。
わたしは、雑誌や書籍を後ろから読む癖がある。「あとがき」ないしは「むすび」から本を読むのである。本当に著者が言いたいことはたいてい、最初の「はしがき」か、最後の「あとがき」に書くものである。はしがきはまだ力が入っているから、あとがきのほうに、本音を書いていることが多い。だから、結論の最終ページから読み始めるのが、読書の達人のやり方というものである。
この本には「あとがき」がないから、桜井さんが書いた最終段落の197ページを紹介することにする。
「日本で、世界的プレステージブランドが売れなくなるときこそ、アパレルチェーンが社会の公器と認められたときである。」
本書は、したがって、わが国のアパレル小売業を民主化するための本である。そのように位置づけることもできる、日本の衣料品小売業は、本当の意味で大衆を相手にしていない。たとえ相手にしていたとしても、やり方が中途半端である。品揃えの仕方と中心価格帯(プライスポイント)の決め方から、それがわかるというのである。
本書のエッセンを紹介するならば、「日本人が良質な普段着を持っていないのは、消費者の責任ではなく、そうした商品(ベーシックな衣料品、ただしファッションは楽しめる)を品揃えできていない日本の衣料品小売業の責任である」となる。
日本人のふだんの生活に、欧州の高価なブランドは不要である。必要なのは、誰でもが頻繁に買えて、それなりにファッション(流行)が楽しめる低価格帯のしっかりした企画の商品である。そこまで言い切ってしまっていいのかと心配にもなるが、業態としての真空地帯は、センスの良い廉価な普段着にある。まったく同感である。
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個人的な感想を述べると、わたしはおしゃれに興味がある。たぶん56歳の大学教授にしては、おしゃれなほうである。ピンク色の革ベルトの時計(GUESS)に、うすいピンクの半そでシャツ(ランズエンドかケントハウス)をあわせて着ている。あまり躊躇無く、そのへんにある若向きのブランドショップ(sleeper’s)にも入ることができる。価格がそんなに高くない商品を扱っている、気の利いた小さなお店でそれを探すのである。自分が持っているジーンズやチノパン(リバーバイスやユニクロ)と、色彩的にうまくコーディネートできるデザインのポロシャツ(アローズやコムサ)を探して、季節ごとに適当に使いまわしている。
ところが、一般には、そうしたショップは、都心に便利な場所に集中している。若い人向きに情報は溢れているが、わたしたちの年齢層には、アクセスが限定される。だから、地方や郊外に住んでいる一般人には、手ごろな値段でおしゃれが楽しめるベーシックな品揃えの衣料品店は存在していない。ニーズは明確にあるだろう。
わたしがいまやっていることを、桜井さん風に翻案すれば、TPOS(タイム、プレース、オケージョン、ライフスタイル)にあわせて、衣服と身の回りの小物をコーディネートできる店作りを、郊外のSCに多店舗展開せよ!となる。
的を絞れない責任者は、必ずしも衣料品という業態に限られていない。罪人は、総合小売業(日本型スーパーストア)、ディスカウトストアも含まれる。ウォールマートの衣料品売場の分析から、その根拠が説きおこされている。
桜井さんが、米国人の生活を観察する中から発見した真空地帯は、まちがいなく、ユニクロやしまむらやハニーズが狙ってきた商品分野である。それをもっと突き詰めていくべきであるという主張である。そのための方法論は、すでに渥美俊一さんが書いたペガサスの本に明確に書いてある。どなたかが、その道を進まれるのか? まさか、ユナイテッドアローズの重松会長ではないだろう。