発刊からやや時間は経過しているが(2007年7月発売)、事情があって(カジュアル衣料品の業界リサーチ)、繊研新聞元本記者の山崎光弘氏(現杉野服飾大学教授)の書籍を読むことになった。本書は、ご本人の記者生活をまとめたライフワークある。アパレル産業に関心をもつ研究者や学生にとって、日本のアパレル産業の歴史を知る上で必須の資料である。
SPA(製造卸小売業)を造語したのが山崎記者だったことは知らなかった。おそらくは業界のどなたかだとは思っていたが、1987年5月30日づけの『繊維研究新聞』の署名記事ではじめて世に出た言葉だった。GAPの株主総会で、ミラード・フィッシャー会長が、衣料品製造小売業(specialty store retailer of private label apparel)の5つの条件を並べた草稿から、前日の株主総会に臨席していた山崎氏が、日本の読者向けに英語を短縮して作った造語であった。
ちなみに、SPAとなるための条件とは、①創造性とデザイン性に富む商品を開発する、②自らのリスクで生産する、③価格設定権を持つ、④店頭はコーディネートして演出する、⑤知識ある販売員が第一級のサービスを提供する、である。GAP、ZARA、H&M、UNIQLOなど、世界のSPA企業には、①~③は当てはまるが、残りの二つの条件はどうだろうか?
本書は、短い序章と5つの章から構成されている。1980年代までを記述した序章「ラグジュアリーブランドはなぜ押入れにしまわれてしまうのか?」、第1章「1970年代:「婦人服だけがなぜ売れる」を支えたもの」、第2章「1980年代:“快進撃”に”国際標準の陥穽”」では、黎明期の日本のファッションブランドのルーツが活き活きと描かれている。そして、第3章「1990年代:業際、国際、資際の「際がなくなる」」では、世界のSPA企業4社の誕生と日本のSPA企業3社(オンワード樫山、ファイブファックス、ワールド)の内実が詳しく記述されている。本書で書き手がもっとも確信をもってペンを走らせている部分である。
第4章「2000年第:崩壊と再編成 パンドラの箱が開いた!!」は、米日同時の企業崩壊と再生をあつかっている。そのせいなのか、第3章までのスムースな筆のタッチが急に重たくなる。分析の切れもあまり良くない。第5章「21世紀の潮流とキーワード:“市場を創る”」では、モバイル、セレブ、ストリートファッションがテーマである。流通先端企業の21世紀型は、サマンサタバサではないだろう。
ちょっとだけ欲を言えば、伝統的SPA3社に対抗して登場してきたユニクロ、ハニーズ、ポイントの3社をもうすこし深く分析して欲しかった。そして、今年日本に上陸するH&M、日本ではやや苦戦気味のザラとギャップが、日本の二群のSPAに対して、どのようにポジショニングしようとしているのかを知りたかった。最後は、やや息切れ気味ではあった。