町の八百屋さんが繁盛店であるわけ:「安信屋」鈴木彰社長のお話

 先週と来週の2日間(木・月)、都内の青果店の店頭4店をお借りして、有機野菜に関する消費者調査を実施している。調査に協力していただいているのは、「東京とれたて野菜プロジェクト」のメンバー青果店である。


わたし自身は、一昨日(11月18日)、東急池上線の御嶽山駅前にある「安信屋」さんを担当した。ふたりのゼミ生がアンケート用紙を無事配布することができるように、朝10時に社長さんにご挨拶に伺った。いろいろトラブルもあった(明日公開)。
 一日の配布予定枚数は500枚であったが、実際には625枚配布できた。ということは、少なく見積もっても、この3倍以上のお客さんが安信屋さんには毎日来店していると考えられる。来店客全員には、とてもではないがアンケート用紙を配れないし、夕方からは雨になった。
 お店に到着すると、鈴木彰社長は店の前で品出し作業をされていた。社長自ら率先垂範、お客さんに声がけをしている。開店の10時前なのに、店先には既に買い物客の列ができている。30人くらいが、まだ品物が並ぶ前の店内に入って、商品を物色している。
 鈴木社長:「水曜日が定休日なので、ふだんの木曜日はもっと客が多い」。後背地が高級住宅街で半径1.5~2.0㎞が商圏である。電車を2~3駅を乗り継いで安信屋さんまで野菜・果物を買いに来る客もいる。なので、一日の平均来店客は、2000人を超える。1,500人を超えることもあるらしく、午前中だけで800人はくだらないらしい。
 私鉄の駅前にあるとはいえ、これほどの繁盛店でいられるのは、鈴木社長が長年にわたって積み上げてきた商売の工夫によるものである。「最近、NHK教育TVでもとりあげられた」と鈴木社長は自慢げである。JUSCO(ジャスコ)が道路を隔てて真ん前にあるにも関わらず、お客さんは安信屋さんの方に流れていく。ジャスコも真ん前に野菜の売り台を出しているが、勝負は誰の目にも明らかである。
 その秘訣を以下で述べていくことにする。見栄っ張りな都会の金持ちに、どんなふうに対応しているのか?興味深い一時間のインタビューであった。
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 成功の秘訣は、まとめると3つである。町の八百屋さんにも、スーパーの青果売り場にもない売りの発想である。
 第一に、商売繁盛の秘訣は、「売りにくい商品を売ること」(鈴木社長)である。表現を変えて言えば、お店が販売したい野菜ではなく、「消費者が食べたい野菜を売ること」だそうである。仕入れを易しくするには、そのときに市場にたくさん出まわっていて、入手しやすく値段が安い野菜を売ることになる。しかし、スーパーでも町の八百屋さんでも同じ商品が入手できる。それでは、店として差別化ができない。だから、すべて市場からではなく、直接商品を調達する努力もしている。なお、売りにくい商品だから、店頭で社長さんがやってみせてくれたように、「おいしさの理由を説明すること」が売りの条件である。「今朝八王子でとれた、取れたてのほうれん草だよ~新鮮だよ」などなど。
 だからこそ、即利益にはつながらなくとも、食べておいしい野菜のひとつとして、八王子の農家さんが作った「東京とれたて野菜」(有機・減農薬)のほうれん草や大根を売るのだそうである。さかんに「小杉さんのほうれん草はおいしい」を強調していた。農家さんの中にも、明らかに作り上手と下手があるということである。
 なお、仕入れた野菜・果物に一定の掛け率(20~22%)をかけて売るのではなく、商品の位置づけによって掛け率は10%だったり30%だったりする。いわゆるマージン・ミックスの考え方である。一般のスーパーに比べて、マージン率は8%ほど低い。スーパーでは、野菜の平均粗利率は28~30%のはずである。ロスができるので、マークアップ率はもっと高いかもしれない。安信屋さんでは、ほとんどを売り切ってしまう。価格差はここからきている。
 有機野菜は値段が高いが、+50%まではならば味(おいしさ)を評価してくれる消費者はいるそうである。それなりにお客さんはついている。通常の大根が一本100円で、有機が150円ならば充分に売れる。しかし、180円では売りにくくなる。逆に、中国産のネギは、一本50円以下(国産の半値)ならば売れるが、それ以下では見向きもされない。
 第2に、市場から仕入れたものをそのままの形で売ったのでは、きちんとした商売にはならない。つまり、町中の一般小売店であっても、パックの入り数を変えたり、量目を調整したり、汚れた商品をきれいにしなければ、お客さんの目を引きつけることができない。例えば、安信屋さんでは、ミカンはバラ売りではなく、5個入りとか10個入りとか、家庭のサイズに合わせて袋詰めをし直している。だから、別にリパックをする作業場が店のすぐ横にある。ここでパートさんが6人ほど働いている。
 三番目に、「できるだけ店は清潔に保つようにしている」(鈴木社長)。30年前と比べて、一般家庭の台所はきれいになっている。だから、清潔な台所で料理される野菜が並べられている八百屋の店先が汚れていたのでは、どんなに野菜が新鮮であったも消費者は見向きもしないでしょう。「農家さんの台所を見たことがあります?いまは農家といえど、きれいな家に住んでいますよ」(鈴木社長)。清潔な売り場を作って、商品をきれいに陳列してこそ、野菜の鮮度とおいしさを本当に主張できる。
 安信屋さんの店内は、実測すればそれほど大きくないだろう(20坪弱)。しかし、天井と壁にミラーが使用されているので、品物も豊富に見える。店内も実際よりは広く見える(30坪はありそう!)。壁面に鏡を使う手法はスーパーで開発されたのだが、真向かいのジャスコよりも照明が明るい。マツキヨほどではないが、青果店らしく店内はいい意味で黄色っぽいのである。
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 平均の来店客は、一日2000人を超える。見ていると、客単価は800~1000円である。通常の青果店より高い。週一回とか二回とか、まとめ買いをする買い物客が目立つ。関連商品(こんにゃくや豆腐、乳製品など)も販売しているので、客単価が5000円を超えることも例外ではない。
 なお、安信屋さんでは、葛西(江東区)にも2号店を持っている。日販は130万円前後だそうだから、たまたま人口密集地帯で高級住宅街を後背地に持っていることが繁盛の理由ではなさそうである。