昨年末に、法政大学で行われた日経広告研究所主催のブランドセミナーで、わたしが話した基調講演の内容要旨を、本HPにアップします。なお、同時に実施されたシンポジウムの内容は、<リサート&レポート>を参照してください。
以下は、基調講演の筆記録です。図表などを含んだ全体の講演記録は、日経広告研究所から刊行される予定になっています。小川にリクエスト頂ければ、研究室から実物をお送りします。
小川の基調講演Ⅰ「広告宣伝戦略とブランディング」(法政大学 小川孔輔)
6年前からこの研究会(ブランド連想モデル化研究会、2003年までの名称はブランド連想分析研究会)で座長を務めている。マーケティングの研究者だけでなく、言語学の先生と組んでこうした研究をしているは、実務的にも面白いだけなく理論的にも非常に勉強になっている。本日は私どもが6年間、特に後ろの3年間で開発に取り組んできたモデルの枠組みなどのご紹介、事例研究等をお話ししたいと思う。最初に私と横山先生が研究の背景になった理論と、私どもがPINS法と呼んでいるモデルがどういう位置付けにあるかをお話ししたい。
1990年ぐらいから活発にブランド研究が行われ、多くの論文やブランド価値を測定する方法、あるいは応用研究などが出ているが、1つの特徴は測定面で言うと選択肢法が主流だ。いくつかの質問項目を設け、選択してもらうという調査・研究手法でブランド評価をする。また時間的変化を見るため2時点、3時点で測定をすることもあるが、基本的にはワンショットでブランド価値を測る。同じ業界の中のAブランドとBブランド、あるいはXという会社とYという会社の比較をするのが一般的なやり方だろう。
これに対し私どもの方法は、バックグラウンドとしては次のような特徴がある。まず1番目ブランド測定に関し選択肢法ではなく、例えば「iモードと聞いて」という形で消費者に自由に連想してもらう(図1)。特にネットを活用して情報を収集し自由な連想を取ることが一つの特徴だが、そのメリットについてはのちほどお話しする。2つ目は、1回取って終わるのではなく、2時点、3時点、例えば3カ月とか4カ月とか半年とか、時間を置いてその連想の中身がどのように変わるかを見るのが特徴だ。3番目の特徴は、その連想がどこから来ているのか、それを「源泉」と言うが、消費者のブランド連想の基になったソースはどこだったかということを追跡していく点である。4番目の特徴は、その連想が良いイメージだったのか悪いイメージだったのか、それとも中間なのか。そこを測定する。しかも、そのことが後々のブランドの価値、イメージにどのように影響しているのか。またイメージがどのように変わっているのかを、イメージのコンポーネンツ(部分)にわたって見ることだ。
広告はブランドイメージをつくると言われてきたわけだが、その背景あるいは理論的な根拠をいくつか例示したい。
広告宣伝に関わっている方はよくご存じだと思うが、米国にジョーンズという有名な研究者がいる。彼は広告がつくり出すイメージ・効果は3分の1が短期の効果だとする。当該ブランド商品の1購買サイクルに際し、普通はスリー・エクスポージャー・ルールと言われるが3回広告を出したとする。それは影響があったりなかったりするが、彼の論文によれば3分の1は短期、残りの3分の2は長期のブランドイメージをつくることに貢献しているという。ジョーンズの研究を受けて日本でもビデオリサーチ社の木戸さんが博士論文で、テレビ広告についても同じ結果があることを立証している。これが私たちが進めている研究の一つの理論的な背景である。
それから従来のブランド研究であまり行われてこなかったのは次のようなことである。そのブランドの大体のイメージは分かるが、ではそのブランドのいいところ・悪いところ、特によいイメージの側面がどんなふうにして人間の記憶の中にいつまで残っているか。どんな痕跡がいつまで残っているのか。それが長期まで残るのか短期で消えてしまうのかという研究がほとんどなされていない。法政大学の同僚で電通におられた田中洋教授は「超長期記憶」と言っており、この痕跡を研究することが重要だと論文の中で指摘している。
私の個人的な体験を申し上げると、コニカというブランドとお相撲さんがいつも連想で出てくる。かつてコニカが小西六と言っていた時代に大相撲の中継をしていたので、それをずっと覚えている。コマーシャルが強く印象に残っているうえに、個人的にコニカのあるクイズに応募して景品をもらったこともあり、今から45年ぐらい前の話だが、それをずっと覚えている。つまり、ある種のいいイメージを持った広告あるいは広告素材は、40年以上の時を経て私の頭脳の中に残っているわけだ。
では何が残っていて、どういうふうに残っているかが研究されているかといえば、実はあまり研究されていない。私どもが取り組んでいる自由連想の研究は、40年を超えてやっているわけではないが、かつてコマーシャルで登場してきたいろいろな素材が1年後、2年後、3年後に消費者の脳の中に残っているかどうかを研究しながら、実はブランドの価値を研究するという位置づけになっている。
時間を超えて自由連想でワードを取った時に、消えない言葉とすぐに消えてしまう言葉があるが、まず消えないワードは何か。当たり前のことだが、「あるブランドから連想するものを出して下さい」という時に、例えば5個連想したとすると、最初に挙がってきた言葉は消えない。長く継続して残る。
2番目の経験則は、そのコマーシャルの中で使っている、ワードに関連した素材だが、それが長い間一貫したイメージで伝えられていると、これも消えないという法則が何となく分かってきている。つまり一貫性のある広告のやり方が長くいいイメージで残るということだろう。
3番目は、私どものPINS法は自由な連想を取り、その後そのイメージが良かったか悪かったか、どちらとも言えないかを評価してもらうわけだが(図1参照)、良いイメージだったものについては当たり前ながら長い間残っていく。人間は良い経験や良いイメージが残りやすく、悪い経験はなるべく忘れようとする性質がある。自分を守るために生物としてそうなっているわけだ。
4番目は、我々の経験と関係があるが、日常の体験・経験と関係のあるワードは残りやすい。
次に消えやすいワードは何か。1番目としてタレント名の分野で連想のトップ、あるいは上位に挙がってこないような名前は比較的簡単に消えてしまう。のちほど事例で触れたいが、タレント名は意外と消えやすいし他に乗り換えやすい。
2番目は、先ほどの裏返しだが、広告宣伝でコンセプトや内容を変えていると、これもすぐ消えてしまう。一貫していない広告の素材。そういうイメージは残りにくい。
3番目は、機能に関するワードは比較的消えやすいことが分かっている。
このほか我々の調査手法の特徴として、消費者がブランド連想の基になる情報をどこで入手しているのかを調べている。単にそのブランドのイメージがいいのか悪いのかだけではなく、どこから入ってくるのかという入手経路である。またマス広告はブランドイメージをつくるのに有効だという理論をここ二十年間ずっと研究してきたが、ではどんなふうにしてマスの広告が痕跡として我々の心の中に残っているかに関しては十分なされていなかったので、これを理論的・実証的に追求し、それを実際の広告の効果測定に役立てようというねらいがある。
さらに調査対象になっているカテゴリーによって記憶の残り方が違うかどうか。結論から言うと、耐久消費財、非耐久消費財、サービスによっても違うし、あるいは商品ブランドを聞いているのか企業ブランドを聞いているのかによっても異なってくる。
こういうことを理論的な背景として我々は研究してきたわけだ。
一つ例示したい。昔からIMC(統合型マーケティング・コミュニケーション)という理論で我々のブランドイメージは、実は消費者が広告と接するだけではなく、使用・利用経験とか店頭での接触だとかいろいろな形で購買前の体験、購買時の体験、購買後の体験等で、ブランドイメージが形成されていく(図2)。ではどこで、どのような接触を経てブランドイメージがつくられてきたか。
豊田助教授の講演のなかで事例として紹介されると思うが、図表3、4、5、6は2004年に2度にわたって携帯電話4社を対象に調査したブランドイメージに関するもので、情報源がどこから来ているかの比較である。3、4はマルチアンサーによる情報源、5、6は最も重視したものを尋ねたシングルアンサーによる情報源だ。3と5が1回目、4と6が2回目の結果である。横軸に情報のソース、縦軸に接触した回答者の割合をとっている。
予想されたことだが、まずマルチを見ると第1時点では各社とも比率が最も高いのはテレビ広告。店頭、友人の話、使用経験なども比較的高く、新聞広告も高率である。数カ月後に測定した第2時点でもあまり大きな違いはない。どこから情報を取っているかに関し、マルチでは比較的安定している結果が出ている。
次にシングルで取るとどうなるか。これはマルチに比べ違いが出てくる。一番重要な情報源はとの質問にテレビ広告がダントツに高い。情報源を幅広く挙げてもらうマルチでは、パンフレット、ホームページ、店頭などが結構高率だったが、シングルでは2番目に重要な情報源は、携帯電話の場合使っての経験が上位に出てくることが分かる。2時点の結果でもほぼ同じだ。
調査手法について少し具体的に説明したい。インターネットを活用した調査だが、どういう形で連想を取っているのか。前述したようにまず回答者にネットで質問票の画面を見てもらい、対象とするブランド名を表示しその連想を取る。取ったあとで、答えてもらった連想が良いイメージなのかどうかを書き込んでもらうわけだ。例えば「iモードと聞いて思い浮かべるイメージを回答してください」と聞く。モノでもコトガラでもいいとして、最大15個ぐらいの連想語、文章書けるように枠を準備しておく。そのあとで、改めて書き込んだ連想語、文章を表示し、それが回答者にとってプラス(P、ポジティブ)のイメージなのかマイナス(N、ネガティブ)なのか、あるいは中立(I、インディファレント)なのか選択してもらう手法である。これがPINS測定法だが、これはあとでお話しするように理論的にも意味があるやり方だ。これを何時点かにわかって取る。1時点ではなく何時点かにわたって取ることが非常に重要なポイントだ。
ブランド研究にパーソナリティー理論がある。これは有名なデービッド・アーカー氏の娘さんのジェニファー・アーカーさんが提唱したもので、日本では電通のグループさんと一橋大学の阿久津先生がこの分野の研究をしている。簡単に言うとイメージスケールを取る。プラス・マイナスを取る。それからイメージの強さ・弱さを取る、という研究に発展している。
ただし、我々と違って電通さんのグループ、阿久津先生が進めているのは選択肢式のやり方である。自由に連想を取るのではなく、プラス・マイナス、強さ・弱さというスケールを通常の選択肢方法で取る。『マーケティングジャーナル』の最新号に掲載されたものを見ると、つまりプラス・マイナス、ポジティブ・ネガティブを取りながら、そのイメージが強い・弱いということを取ることの意味。これを私どもは自由連想で取っているが、電通さんのグループは同じようなことを選択肢法で取っている。プラス・マイナス、強い・弱いという取り方は非常に意味があるというわけで、別々に研究していたわけですけれども、同じような着目点になっている。
実は自由連想で取ることには非常に強い意味がある。数年間にわたって我々が研究し、あることに気がついた。選択肢式で答えてもらうと、回答者はどう答えるかといえば、例えばiモードなりボーダフォンなり、あるいは日本テレビなりに対して、実は自分の意見ではなく世間、他人がどのようにそのブランドを見ているかを反映した答えをする。自分にとっての答えでもあるが、かなりの部分で世間一般がそのブランドがどういうふうにイメージしているかという、世間の評価、他者の評価が反映される。自分よりちょっと離れてしまうわけだ。
ところが、自由連想では自分にとってのブランドという形で答えてくる。世間がどう思っているかということについても答えるが、基本的には自分にとってそのブランドはどういうイメージなのか、どういう連想なのか、個人的な体験、個人的な思いが自由連想に反映されることが分かってきた。これが選択肢法と自由連想法の大きな違いだろう。
また前述した通り、私どもの方法はイメージそのもののプラス・マイナス、善し悪しを異時点間で調査できる。さらにネットで調査するので評価がクイックレスポンスで出るという結果が出ている。
以上、PINS法という形で研究してきた、あるいは調査の仕組みをつくってきたことが理論的にどういう意味を持っているか、またどういうメリットをブランドの研究にもたらすかということをまとめてみた。