MJの<調査分析>欄用に、昨年末から準備してきた原稿(仮題「日本ブランドの未来は本当に暗いのか?」)が本日、3ヶ月ぶりに完成した。
先程、夕方8時半ごろ、MJの田中陽編集長に仮の原稿を送ったばかりである。原稿には、5枚のエクセルファイル(図表)が添付されるはずである。最近はやりのブログとはちがって、テキストデータベースの文章しかアップできない。表とグラフに関しては、皆さんにだいたいの様子を想像していただくしかない。
*** サブタイトル「未成熟な消費社会でのブランドマーケティング」
*** 上海での現地ユニクロのイメージに対する消費者調査から
「中国人消費者は日本ブランドがきらい!」
近頃、新聞や雑誌で頻繁に見かける記事の見出しである。心理的な反日ブーイングの帰結として、日本企業が中国ビジネスで成功することはきわめて困難であり、中国大陸での日本ブランドの将来性は暗いとする論調がいまは多数を占めている。公表されている調査データも、「日本ブランド゙悲観説」を支持するものばかりである。例えば、『日経ビジネス』の3月?日号は、中国における世界ブランドのランキングを発表している。従来は優勢と考えられてきた家電・自動車の事業分野でも、いまや日本ブランドはソニーの7位が最高位でランクされているだけである。現在、中国本土で販売シェア4%のトヨタ自動車などは10位にもランクインしていない。
それでは、本当に中国において、日本ブランドが持っていた技術的・品質的・知覚的な優位性は失われてしまったのだろうか?かつて輝かしい栄光に包まれていた「ブランドニッポン」の未来はやはり暗いのだろうか?
結論を先に言い切ってしまう。筆者は、当世流行の日本ブランド悲観論は、日中間の特殊な政治状況がもたらした大いに片寄った見解である考える。上海、広州、北京など、中国大都市部における消費実態は、そのような主張を必ずしも支持しているわけではない。以下では、日本ブランド悲観論を覆す根拠となるひとつのデータを紹介する。
<上海カジュアル衣料品チェーンの消費者調査>
われわれ(法政大学ブランドマーケティンググループ:小川孔輔+田中洋)は、昨年度11月下旬(11月26~27日)、上海地区でカジュアル衣料品チェーン店競合6社を対象に、店舗イメージと消費者の利用実態に関するアンケート調査を実施した。調査目的は、中国都市部(上海)における衣料品ブランドの浸透度、好意度、品質イメージなどを知ることである。調査地点は、上海の青山通りと言われるお洒落な町、准海西路である。(株)インテージの現地子会社「英知上海有限公司」の協力を得て、調査員が准海路の一般通行客100人(一般顧客)と「優衣庫」(ユニクロの現地ブランド名)で買い物を済ませたばかりの顧客30人(ユニクロ顧客)、合計130人から調査票を回収した(20~40歳代を対象に、年齢別にサンプルを均等割付け)。
ちなみに、上海地区で若者に人気がある代表的なカジュアルウエアのチェーンは6社ある。上海にまだ7店舗しか存在していない「優衣庫」(Uniqlo)を除くと、「美特斯、邦威」(Metersbonwe)、「佐丹奴」(Giordano)、「班尼路」(Baleno)、「真維斯」(Jeanswest)、「堡獅龍」(Bossini)、は、上海地区だけで各48店舗、50店舗、50店舗(その他インショップ200カ所)、58店舗、40~50店(正確な数は不明)を展開している。「優衣庫」(日本)と「美特斯、邦威」(中国)以外は、すべて香港ブランドである。
<消費者のブランド志向とマスメディア依存>
主たる質問項目は、(1)認知率、(2)店舗利用経験率、(3)再来店意向、(4)店舗イメージなどである。また、店舗別の質問項目とは別に、(5)ファッション衣料品を購入する場合の原産国イメージをたずねている。
一般顧客に対するブランド別の認知率と購入経験率は、図表1の通りである。Giordanoの認知率が93%と高いのは、同社が香港を代表するSPAブランドとして歴史と伝統を持っているからである(創業1981年)。6つのブランド中、Balenoの認知率が最高(95%)なのは、香港の若手人気タレント(劉特華、王韮)を起用したブランドイメージ広告の成功によるものである。中国人消費者は、日本人以上にブランド志向である。それは消費経験の未熟さを反映した現象である。品質を評価する手がかりとして、高い価格水準とマス広告に依存する傾向が強い。
UniqloとBossiniのブランド認知率(52.0%、72.0%)および購入経験率(40.4%、55.6%)が他のブランドと比較してかなり低い。それぞれ、「店舗数の不足」(Uniqlo)と「立地の悪さ」(Bossini)が主たる原因である。おもしろいのは、ブランドのイメージ(10項目)を比較した図表2である。詳しい説明は省略するが、一般顧客とユニクロ顧客のイメージ評価がまったく対照的である。ユニクロの衣料品を一度でも購入したことがある消費者は、とくに「品質がよい」と「適当な価格」でUniqloに高いスコアを付与している。2つの評価軸は、実際にカジュアルウエアを購入する際、中国人消費者がもっとも重視する二大項目である(約80%、その他は40%前後)。最重視点だと、品質のウエイトが約40%を占める(品質以外のその他の項目は10%以下)。
<原産国効果は消費経験によって決まる>
最後に、カジュアルウエアのイメージ評価に対する「原産国効果」を見てみることにする。図表3には、「どの国のカジュアル衣料品が好きですか?」という質問に対する国別の支持応率が示されている。共通して言えるのは、上海人にとって、「カジュアルウエアと言えば“香港”」なのである。しかしながら、ここでも一般顧客とユニクロ顧客の間に明確な違いを認めることができる。ユニクロで買い物をしたことがある中国人は、「日本」と「韓国」に対する評価が「香港」のスコアにかなり接近している。また、一般顧客に対して評価が高い「フランス」と「イタリア」のファッションブランドについては、日韓ブランドに対する評価とは逆向きのスコアになっている。
経済成長が著しいとはいえ、一般の中国市民は商品やサービスの良さをようやく理解しはじめることができる「少年期」に入ったばかりである。この先、消費経験を積み重ねる時代が待ちかまえている。まだ未成熟な消費者である上に、中国人は必要以上に面子を重視する傾向がある。消費経済の規模に幻惑されて、中国人消費者の本当の姿を見誤ってはならない。ブランドの評価についても、経験豊富で評価能力が高い一部の消費の達人たちと、「面子」で質問に答えてくる経験不足の素人消費者の発言を等価に扱うべきではない。
上海でのカジュアル衣料品の店舗に関する街頭調査は、消費体験がブランドの評価を大きく変えてしまうことを示唆している。良き消費経験は、巷間流布しているネガティブな「日本国イメージ」を打ち消してしまうくらい強烈な影響要因である。したがって、この先の日本ブランドの課題は、速やかに流通のカバレッジを広げ、モノとサービスの品質的な良さを地道に訴え続けることである。日本というブランドを背負っているからといって、未来を過度に悲観することは正しい判断とは思えない。