福井栄治著『野菜ソムリエの美味しい経営学』幻冬舎(★★★★)

幻冬舎らしくキャッチーなコピー。「エリート商社はなぜ八百屋になったのか?」という本の帯はややミスリーディング(内容に関して誤解を招きやすい)である。しかし、内容はとてもおもしろい。


著者の福井氏は元商社マンで、現在は首都圏で9店舗の野菜直販店(Ef:エフ)を経営する起業家である。日本ベジタブル&フルーツマイスター協会理事長も務めている。福井さんの事業発想は、一昨年にいち早く撤退したユニクロの野菜事業部門「SKIP」と近い。しかし、対照的に、04年に桜新町で一号店をはじめて、Efは今年中には30店舗になるという。
 SKIP(社長の柚木さんも元商社マン)の失敗と「Ef(エフ)」の成功との違いを、本書を通して読み解いていただきたい。ひとつだけ理由をあげるとすれば、製販統合の仕組みのちがいが、両社の成功と失敗の分水嶺になったとわたしは考えている。
 実は、来月から『チェーンストアエイジ』に、「食のSPA(製造小売業)」というテーマで、長期連載を始めることになった。取材対象になりそうな事例を集めていたところ、福井社長のEfにたどり着いたわけである。Efの事業エッセンスをまとめてみた。

(1)契約栽培に対する考え方
 契約栽培される野菜は、数量を多く作らせない。というのは、通常の契約では、天候変動リスクに対応するため、農家では求められた契約量のほぼ200%を作付してしまう。そのために、全量引き取りではあっても、生産現場(畑)では野菜がかならず過剰になっている。結果、残った野菜は市場出荷されるか、超安値になれば畑で廃棄される。いずれにしても、現行の契約栽培の仕組みは、まじめに実行すればするほど、野菜相場の価格変動をさらに促進してしまう。福井氏が考えた解決法は、定量を作って実際に80%~120%(供給全量)で出荷してもらうことである。そのために、つぎのこと(野菜ソムリエによる推奨販売)を励行している。

(2)推奨販売による需給調整
 セルフ販売はしない。「野菜ソムリエ」が付いて野菜を販売する。野菜ソムリエとは、店頭で野菜(素材)のリコメンデーション(推奨)を行う「説明販売員」である。同時に、単品レベルの供給変動を解消するために、消費者から信頼を勝ち得たソムリエが、食事のメニューを含めて「どれがいま美味しい野菜なのか?」を推奨する。おいしいお寿司屋さんと同じで、ネタを「おまかせ」で供給する原理を活用している。おいしいネタは翌日に持ち越す必要がない。入荷した商品は確実に当日に売り切れる。「機会ロス」(欠品による売り損ない)という考え方は採らない。採らせない。

(3)スペシャリティ(「地野菜」)を取り扱う
 野菜にも、「コモディティ」(汎用品)と「スペシャリティ」(差別化商品:専門品)と「ラグジュアリ」(奢侈品)がある。Efでは、真ん中のスペシャリティだけを扱う。毎日の商品でありながら、何らかの意味でブランド化された特別な商品のことを「スペシャリティ」と呼ぶ。野菜のなかでも、「地(場)野菜」は、タネと土壌と気候でコモディティとは差別化されている。ブランド化されているので、価格競争からはある程度自由になれる。ラグジュアリとの決定的な違いは、スペシャリティはかなりの程度、量産が可能であること。

(4)商品企画開発の取り込み
 生協の「グリーンボックス」や野菜通販の「パレット」の欠点は、供給過剰になった野菜をそのまま詰め合わせて、無理矢理の数合わせをしていることである。だから、特別のニッチ市場以外には、産消提携のシステムが長続きしていない。実は、「旬」を標榜しながら、家庭に在庫処理を強制している。不足の時代ならいざ知らず、いまの時代の生活者には農家のわがままは許されない。
 関連して、わたし自身が04年に「東京とれたて野菜プロジェクト」の座長を務めたことがある。このプロジェクトは、残念ながら2年しか継続できなかった(本HPの過去分を参照のこと)。「農家のわがまま」(作りたいモノしか作らない)と専門小売店の「販売の仕組み」(来たモノしか売ろうとしない)に問題があったからである。いまでも、どちらかといえば、わたしは農家側に問題が多かったと感じている。というのは、店頭で推奨して売れる商品アイテムの供給が、きわめて少なかったからである。
 結論。農家は、店頭で推奨販売できる差別化された商品(スペシャリティ)を作るべきである。開発企画段階から、農家は小売業者と提携する必要がある。畑で出来た野菜(コモディティ)を漫然と作って出荷しているだけではだめである。小売りの側も同じである。Efでは、委託販売農家と作る商品(タネ)から企画を一緒に行っている。イオン(グリーンアイ)やIY(顔の見える野菜)も類似の取り組みを行っているが、安全な商品は供給できてはいるが、商品アイテムの選択・商品の開発企画段階から細やかに取り組んでいるわけではない。そして、店頭は基本的にセルフである。

(5)小資本、多店舗展開
 既存の店舗(実験店)は、日販10万円前後であるらしい。年商で3000万円超であるから、多店舗展開ができさえすれば、路面店・インショップコーナーでも充分やっていける水準である。現在でも粗利が30%近くあるので(通常の量販青果部門は18%前後)、40%を超えた時点で事業はブレークイーブン、45%を超えればかなりの黒字になる。

 最後に、Efとしてはまだ実現していないが、福井社長が夢として描いている部分で、共感できてすばらしいと思う点をふたつ。
 ひとつめは、農業経営を「産地リレー方式」で考えていること。わたしがむかしから「農業フランチャイズ方式」を主張しているのと類似である。日本は南北に縦長の国である。狭い国土ながら気候も土壌もちがう。だから、米国で発展してきたフード供給システムをそのまま移植することにはもともと無理があった。伝統的なスーパーマーケットでは、米国式は実はうまく機能していない。解決方法は、リレー栽培でかつ地場野菜を活用することである。会社としては、全国に同一品種を時間差で栽培する中規模農場を面展開することである。
 もう一点は、店頭のセルフサービス販売をやめること。もう一歩先では、インショップで売場を経営することである。以前に、「ホームセンター」(ダイヤモンドフリードマン社)に書いたことがあるが、日本の量販店(SM、HC)は、将来的には、売場を百貨店化すべきであるというのがわたしの主張である。部門の効率と販売の効果を同時に達成するには、売場の分割統治がのぞましい。福井氏の発想は、私の主張と相通じている。彼の事業はきっと大成功するだろう。