06~08年度・文部科学省・科研費助成研究

 今年度から3年間にわたって、文部科学省(科研費)の研究助成を得て、「マーケティング技術の移転研究プロジェクト」を組織することになった。


これまで大切にあたためてきたアイデアを、日本人研究者5人、海外研究協力者3組(韓国、中国、シンガポール)の支援を得て、わたしとしてははじめての国際共同プロジェクトに挑むことになる。
 助成を受けた研究テーマは、「日本から東アジア諸国へのマーケティング技術と実務知識の移転研究」である。共同研究者は、上田隆穂(学習院大学)、古川一郎(一橋大学)、林廣茂(同志社大学)、田中洋(法政大学)、坂本和子(京都工繊大学)の5人である。研究者あるいは実務家のかたで興味をもたれた方は、小川宛て(huko-ogawa@nifty.com)にメールをいただければ、研究会や共同セミナーなどへのご案内を差し上げます。
 以下では、研究の目的と概要を紹介する。研究の実施計画については、文部科学省のHPを参照されたい。
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 <本研究のねらい>
 第2次世界大戦後の50年間で、日本は欧米企業経営の中核部分を構成するマーケティング技術を移転することに成功した。その後、学習過程を終えた日本企業は、移植したマーケティングの理論と実務知識を日本人の生活と消費者の嗜好に合わせて、独自のマーケティングの仕組みを創発することができた。経済成長を推進することに貢献したマーケティング知識は、「製品開発の方法」(トヨタ、花王、味の素など)、「新しい小売・サービス業態」(セブン-イレブン・ジャパン、ヤマト運輸など)、「日本独自のマーケティング、プロモーション施策」(例えば、流通系列化、プレミアムSPの工夫)などである。
 他方で、70年代に、日本市場に進出してきた多国籍企業(P&G、ネスレ、ユニリーバ、日本コカコーラなど)も、日本をテスト市場とすることで、世界初の製品やコンセプト(パンパース、ジョージアなど)を生み出することができた。そして今(80年以降)、日本発の製品開発・マーケティング技術は、日本企業が得意とする製造技術とともに、東アジア諸国に移転されはじめている。移転されている製品・サービスは、自動車から化粧品、加工食品、ソフト(音楽、映像、アニメなど)、生活文化(コンビニ文化)に至るまで、ほぼあらゆる製品・サービス分野に及んでいる。その中から、これまでとくに中国では、市場浸透が難しいと考えられて消費財の分野において、多くの成功事例が生まれ始めている(TOTO,資生堂、キリンビバレッジ、ローソン、サントリービールなど)。
 本研究では、第一に、日本企業による東アジア諸国(中国、台湾、香港、韓国、タイ、ベトナムなど)へのマーケティング技術の移転実態を調査する。つぎに、国別・製品サービス分野別に事例を整理することで、「マーケティング技術の移転理論」を構築することを目標とする。なお、国際経営論や国際マーケティング研究では、多国籍企業による海外市場戦略の現実を説明するために、しばしば「標準化・現地化理論」が援用されることが多い。
 本研究では、こうした枠組みを東アジアへの日本製品の移転事例に適用することで、既存の理論的な枠組みがアジアの現実に対してどの程度、一般的な説明力を持っているのかを実証することを目指すことになる。理論的な枠組みの普遍化が、マーケティング移転研究の3番目のねらいである。

 <本研究の学術的な特色と独創性および研究の意義>
 全体のベースとなる理論的な枠組みは、小川・林(1998)の「米日間でのマーケティング技術の移転モデル」(『季刊マーケティング・ジャーナル』)所収)である。ふたりの共同研究では、欧米から日本へのマーケティング技術の移転をテーマとしていた。
 その後、林(2001~)は、「日本から韓国へのブランド移転」に焦点を当てた実証研究を、小川(2003~)は、「日本から中国へのブランド移転」を研究対象に事例研究を積み重ねてきた。今回の研究は、5年間にわたって別々に実施してきた実証研究を理論的に再統合することが目的になる。
 本研究の性質上(異文化経営研究)、小川・林に加えて、日本人のマーケティング研究者(4名:上田、古川、坂本、田中)と東アジアのマーケティング研究者(韓国ソウル大学・Jae Kim教授、シンガポール・シンガポール大学 助教授、中国・西安交通大学研究チーム)から協力を得て、国際的な移転研究チームを編成することになる。本研究がプロジェクトとしてユニークな点は、独自なチーム編成の形態にとどまらない。マーケティングの研究分野は、学問および実務がともに米国発であるという事情もあり、アジア人による独自の理論的貢献が極端に少ない研究領域である。われわれの研究では、東アジアの人たちと日本人研究者が協力し合い、互いの経営の現実(現地企業と多国籍企業の経営)を素材に、新しい理論的な枠組みを構築することに挑戦するという点で独自性が高いと考える。
 なお、本研究の基礎となる林・小川(1998)での基本コンセプトおよび理論枠組みを紹介する。「AI移転」(Adopt, Adapt, Adept; Imitation, Innovation, Invention)とは、自国企業による技術移植と内発的イノベーションであり、その対概念である「SAL移転」(Standardization, Adaptation, Localization)は、移転元の多国籍企業による技術の移植とイノベーションを指す概念である。また、マーケティング移転がスムーズに実行できるかどうかについては、「文化的借用」(Cultural Borrowing)の仮説を中心に、「経済の発展段階」「文化的近接性」「製品カテゴリー」などの説明要因が考慮されている。