「わたしの聞き取り作法(1)」(事例:(株)ハニーズ)

IM研究科で同僚の小池和男教授(労働経済論)の著書に『聞き取りの作法』(東洋経済新報社、2000年)という名著がある。


先生が企業調査などで現場担当者(人事・労務畑)にヒアリングするときの技能と心得えを、一冊の本にまとめたものである(参考:http://www.roumuya.net/books/profkoike.html)。
 もともとは社会人大学院生向けに書かれもので、聞き取りのこつを若い研究者や企業人に伝授しようとしたものである。小池先生の水準には及ばないが、マーケティングや流通分野で取材をするとき、わたしにも後輩や弟子達に伝えておきたい経験知がある。
 小川流の調査手法は、聞き取りの方法だけではなく、先方へのアプローチの仕方や雑誌の媒体社との適切なコミュニケーションの取り方も含んでいる。先月(4月28日午後17時)訪問した「(株)ハニーズ」での体験を素材に、わたしのやり方を皆さんに紹介してみたい。

1 テーマ企画(書)の作り方
 調べたいテーマ(課題)がすでに定っている場合を想定する(課題そのものを探す方法については別途に解説する)。そのとき、まずは取材対象(聞き取りをしたい企業、担当者、経営者)をできるだけたくさん列挙することになる(候補代案の列挙)。今回のケースでは、「チェーンストアエイジ」(ダイヤモンドフリードマン社)に、事前に売り込んだテーマ企画「高収益SPA企業の秘密」が調査の起点になっている。同社でも類似の企画を考えていたので、わたしのほうで「相乗り」をさせていただくことにした。

<教訓1> 論文や記事を発表できる場を先に確保すること。
 漫然と調査やヒアリングをするのでは、モチベーションが高まらない。聞き取りの対象になる相手に対しても、ヒアリングの結果が、「いつ、どこに、どのような形で」発表されるのかを事前に知らせておく方が、貴重な良い情報と好ましい反応を得ることができる。そのためには、仲介者(雑誌、記者、編集長)のニーズに合った形で、テーマを企画することが大切である。場合によっては、自分の思いや本来の課題テーマを多少犠牲にしてでも、相手側に寄せる努力をする必要がある。
 最終顧客は読者であるが、編集者は「情報流通」における大事な中間業者である。関係性をよくしておくことも大切である。わたしの場合は、製造小売業(SPA)を広く定義していた(衣・食・住・その他サービス)が、編集部は、衣料品に限定して高収益企業の業績比較を求めてきた。4月1日号の企画(「量販小売業」の衣料品部門の取り組み)について、個人的に記事に対するコメントをメールで入れておいた。

 そのときのPCメールを引用する。

> 阿部幸治 様 (CC:石川編集長、千田さん)
>
>  こんにちは。小川@法政大学です。
>  ロックフィールド岩田社長のインタビュー時(注:4月中旬)には、
>  たいへんお世話になりました。あのときに、東京事務所で、
>  石川編集長と一緒に立ち話で話した企画についてです。
>  仮に、「高収益SPAのひみつ」とします。
>
>  以前から、SPA(衣料品だけでなく広義の製造小売業)の強みを
>  解剖する(高いROA創出の理由)といった切り口で事例研究が
>  できないかと考えていました。たまたま、4月1日号の貴誌が、
>  量販の衣料品改革を取り上げていました。そこでは、改革の評価を、
>  4つの視点から取り上げています。
>  (1)ブランドコンセプト(の実現度、達成度)、
>  (2)売場評価、(3)販売方法、(4)商品評価、でした。
>  しかしながら、真に改革に成功できるかどうかは、「基本的な仕組み」を
>  変えられるかどうかにつきます。だとすると、ブランドづくり
>  (企画開発1&4)のために、商品調達を含めて、どのように全体の
>  仕組みを変えられたのか?また、どのように変えようとしているのかを
>  根本から問うべきと考えます。
>
>  「収益性の課題」をクリアできた高収益企業は、現状では、
>  例外なく「垂直統合」(製版統合)を実現している企業です。
>  量販の衣料品分野にかかわらず、一般の小売りチェーンにも、
>  「垂直統合と高収益性」の因果法則は当てはまりそうです。
>  その理由は、以下の通りです。SPA(専門業態)の強みは、
>  裏を返せば「総合型企業」の弱みです。なぜなら、
>  商品・サービスの「非特化型企業」にとどまる限りは
>  (非SPA企業・非SPA部門)、
>   (1)「品質感」の作り込みができない、
>   (2)「企画提案力」を組織として醸成できない、
>   (3)「価格訴求力」をシステム的に実現できない、
>   (4)「買いやすい売場」が設計できない、
>   (5)「サービス」と「販売プロモーション」の効率が低下する。
>  という5重苦に悩まされ続けます。
>
>  こうした視点から、衣・食・住・その他サービス企業で、
>  SPA(製造小売)型の企業が、どのようなイノベーションを
>  実現してきたのか(イノベーションの歴史に焦点をあてる)を
>  企業の発展史から分析してみるとおもしろいと思います。
>  以下の事例を、順に取り上げていくのはいかがでしょう?
>  例示ですが・・・
>
>  <衣料品分野>
>  (1)西松屋チェーン 店舗設計、物流システム、商品調達
>  (2)ハニーズ 国際調達とMD、ブランド展開
>  (3)ユニクロ 水平多ブランド展開(従来からの強み+)
>  <食品分野>
>  (1)幸楽苑 工場直接管理、店舗設計、メニューの絞り込み
>  (2)ワタミ (有機野菜部門)の垂直統合、イメージ戦略(エコ)
>  (3)ロックフィールド 商品調達、ブランド企画、物流システム(JIT)
>  <住居関連>
>  (1)ナチュラルキッチン 商品調達、店舗MD、価格づけ
>  (2)シンプルスタイル、大連発展 商品調達、立地革新
>  (3)ニトリ 商品調達、立地開発、物流システム
>
> 小川@法政

2 経営者(対象企業)へのアプローチ
 「SPA(製造小売業)が高収益であることの理由」を解明するために、いくつかの企業(経営者)にインタビューしたい。この企画意図については、石川編集長(阿部記者)に事前に申し入れてあった(前述)。企画を担当している若い記者の阿部幸治さんにお願いしたのは、SPAの代表企業である「西松屋チェーン」「しまむら」「ハニーズ」「ニトリ」の4つから、とりあえず企業をひとつだけ選んで、インタビューのアポイントを取ることである。
 わたしが選択したのは、「(株)ハニーズ」(本社:福島県いわき市)である。「しまむら」(埼玉県)と「ニトリ」(北海道)は、少なくともいまの時点では旬ではない。ビジネスモデルもよく知られている。本音を言うと、この仕事とは無関係だが、4月29日に福島県郡山市の「郡山シティマラソン(16K)」にエントリーしていた。わざわざ「西松屋チェーン」(兵庫県)に行くよりは、「縁がある」同じ福島県のいわき市に車を飛ばす方が効率が良かったのである。
 取材を受ける江尻社長の立場からすれば、気持ちがよいはずである。東京事務所ではなく、連載を担当している大学の先生と編集者がカメラマンを同行して、東京事務所ではなく、わざわざ連休前にいわき市の本社まで出向いていくのである(実はいわき市までは車で東京からわずか二時間半)。良いインタビューができる条件は揃っている。

<教訓2> 対象企業が旬である場合は、「速攻」「誠実」「便宜」を全面に
 アプローチしにくい企業(経営者)の3条件は、「多忙」と「防御本能」と「(不)利益」である。相手のガードを緩くするためには、(1)相手の時間に極力合わせること、(2)誠実さを伝えて安心感を与えること、(3)何らかのメリットを相手に提供することについて、何らかの工夫が必要である。
 インタビュアーが大学の先生(世間知らずで誠実なはず!)なので、社長たちの(2)防御本能はあまり働らくことはない。しばしば、「教え魔」の経営者がいて辟易させられることがあるほどである。(1)については、とにかく相手に合わせることである。以前、ユニクロの柳井会長にインタビューしたのは、12月24日のクリスマスイブであった。向こうから指定されたわけだが、それでも山口まで出かける人間に悪い印象を持つはずがない。時間もたっぷりとれる。
 わたしの経験によると、経営者に対してもっとも難しいのは、(3)「(時間をとってわざわざ)話を聞かせること」に対するメリットの提供である。相手のタイプにもよるが、われわれリサーチャーが、インタビュアーとして経営者や事業担当者に喜んでもらえるのは、以下の4つの場合に類型化できるように思う。そのどれかで必然的な状況を作らないといけない。創造的な着想が大事である。
(1)発見:
 従来から無いおもしろい「切り口」でその企業を位置づけられたとき、
(2)好感: インタビュアーが対象企業(経営者)に対して熱い思いを抱いている場合、
  これは、相手方に自然に伝わるものである。その点で言えば、何事にも感動できることが良きインタビュアーのもっとも重要な資質かもしれない。
(3)対談による分析理解: 聞き取りの途中、インタビュアーに質問されることで認識を新たにしたり、事業について新しい発見をすることがある。
  対談の質によるが、経営者は案外と対談者に助言を期待することがある。

以下、(つづき)。