複数案の提示は、決断の甘さを助長する

 昨日の午後、ゼミ中のことである。ふだんの授業や企画会議、調査の打合せは、わたしはかなり「放任ぎみ」の教師だと思っている。


学生たちが考てきた企画や提案について、完全否定することはほとんどない。ところが、昨日は、状況がちょっとばかりちがっていた。
 東京ドーム(SPA)の「ラクーアチーム」の企画に、全面的にやり直しを命じることになったからである。春から実施している5社(ハニーズ、ロック・フィールド、青山フラワーマーケット、シモジマ、東京ドーム)とのフィールドワークが最終コーナーにさしかかっている。
 昨日は、1月のプレゼンをチェックするため、各担当チームに、簡単なブリーフィングを求めた。最後の説明がラクーア班であった。他のチームは4~5人だが、このチームのみ8人である。9月の中間発表会までは、「ショップ」と「レストラン」に分かれてリサーチをすることになっていた。しかし、昨日提起された発表のやり方が、わたしの予想とはちがっていた。
 東京ドーム側の担当者と相談の上であったらしいが、学生たちは、8人を二班に分けることを提案してきた。それぞれのチームが、同じテーマ「ショップ&レストランのテナント入れ替えとゾーニング」について、並行して企画提案をしたいという案である。学生たちの説明では、ラクーアの担当者の要望は、なるべく多様な考えを出してほしいということであったらしい。
 わたしの判断は、即、「ノー」であった。その理由は、以下の通りである。
 1月末には、いつものように、5社の担当者(広報室、社長室などを含む)やその他、外部組織(アドバイザー)の方をお迎えして最終発表会を行うことになる。学生の調査結果や提案について、その場でコメントをいただくことになっている。ラクーア班の場合も、具体的な提案を行うことになるが、ラクーアだけでなく、およそ20名程度の社会人(企業人)が学生のプレゼンに臨席する予定である。学生は「仕事」を依頼されたわけである。何らかの結論を出さなければならない。そのとき、たとえ学生の発表ではあったにしても、「いろいろ考えてみましたので、複数の案からどれかを選んでください」というのはありえないだろう。それがわたしの「計画のやり直し=否決」、「だめだし」の説明理由である。
 たとえば、電通や博報堂がメーカーから依頼された広告キャンペーがあるとしよう。コンペの席で、「A案、B案、C案があるので、その中からあなたたちが一番よいと思う案を選んでください」とはならないだろう。3案のうちのA案がもっともよいと考えるので、それを提案するわけである。斬新なアイデアを出すことが望まれているのはもちろんのことだが、その根拠をリサーチで確認し、チームで議論した上でひとつに絞り込むことが求められているのである。ゼミ内で意見を戦わせている間はよい。しかし、実務の世界では、どこかで<一案>に絞り込む決断を迫れる。そのプロセスを、クライアント(ラクーア)にあからさまに見せてはいけないのである。たとえ、内部で多少の迷いと対立があったにしても、それはあくまでも組織の内側でのことである。
 提案プレゼンでは、敢然と迷いなくA暗に絞り込むべきである。自信を持って一案をお勧めする気持ちで望まなければならない。この過程を経ないで、複数案をそのまま提示することにすれば、結局、中間の議論が甘くなることが目に見えている。どこかで、たくさんある可能性を捨てないできたプロジェクトは、結論の出し方がいい加減になる傾向がある。そのことを知ってほしかったので、ラクーアチームは8人全員で「ONLY ONE」の案を発表することを求めたわけである。