『有機農産物の流通』(あとがき)

 農文協から2007年3月に発売される有機農産物流通本の「あとがき」を掲載する。ずいぶんと間際になってしまったが、本日、本当の最終原稿を提出した。


初校はさきほど全部終わって、23日は一日、再校日になる。
 予定価格は2800円、初版の刷りは2000部を予定している。たくさん売れることは期待していない。ニッチ商品である。

 <あとがき>
 5年前から、有機農産物の流通と生産の現場を歩くようになった。日本フローラルマーケティング協会の会長として、英国のスーパーマーケットや各国の花き栽培農場を視察するかたわらで、有機栽培農場やオーガニック食品店などを訪問したことがきっかけであった。はじめは余技として始めた有機農産物の流通研究ではあったが、文部科学省から研究助成(2003年~2005年)をいただき、5人の共同研究者の協力を得て、このような形で有機農産物の流通研究書を出版できることになった。
 わたしたちの研究成果は、ごく萌芽的なものである。世界中の生産・流通現場のおおよその実態をカバーしてはいるが、とりわけ、流通や店頭に関しては理論的な整理が十分とはいえない。農業・商業の両分野において今後、この課題に取り組む若い研究者たちに引き継がれるべき内容のものである。包括的で体系的な研究は、将来の研究に期待したい。
 有機農産物の市場は、新しい有望な産業として注目されている。しかし、産業としてはようやく離陸段階に入ったばかりである。あらゆる面で、課題は山積みである。いまだ市場はニッチであり、流通チャネルは完備されていない。生産性も決して高くはない。革新的なアイデアと創造的なベンチャースピリットが必要とされる事業分野である。
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 有機食品産業の基本問題は、国内農業と流通経路構築の問題に限定されるわけではない。解決すべき課題は、雇用問題、国際貿易システム、取引制度、小売業の業態開発など、多岐にわたっている。とくに、国内に限定して考えると、食品卸売市場が仲介してきた伝統的な食品供給システム(フードシステム)が、有機食品産業に対しては最適な解を与えていないことが問題である。それゆえ、国内の食品小売業やフードサービス業にとって、有機農産物や有機食品を積極的に取りあつかうことは、現状の枠組みから抜け出す絶好の機会でもある。ただし、高付加価値小売業への転換には、一段の企業努力が必要である。
 本書で指摘したように、日本の食品小売業が、激しい「同質競争」と深刻な「低収益性」から脱出するヒントは海外にある。米国のホールフーズマーケットや英国のテスコから学べることは、生産情報と品質のわかりやすい店頭表現、適切なターゲットの選定、スマートな情報技術の活用、大規模なオペレーションによる効率的なロジスティックスシステムの構築である。消費者のLOHAS志向と生活を楽しむニーズ(食楽、食育)に、エンターテインメント的な要素を持ち込むことも大切である。ホールフーズのような「劇場演出型小売業」の登場は、食の基本ニーズである「健康・安心・安全」の遵守だけでは、有機食品事業の成功はおぼつかないことを説明している。より豊かな生活を楽しむための必須アイテムとして、素敵な生活の小道具として、高級総菜やオーガニック・レストランなどの展開をわたしたちに求めている。
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 日本の農業政策当局が、国内農業改革と国際貿易政策と食料自給率向上を同時に考えなければならないことは、有機農業部門にとっては躍進のチャンスである。石油価格の高騰や環境汚染の進行は、国産農産物の相対価格を低下させ、食料自給率の向上に寄与する。その結果、安心・安全な農産物の国内生産が見直され、高付加価値型農業が盛んになるだろう。有機農業生産は、ニッチではなく農業の主流に躍り出る可能性がある。
 しかし、国内農業が相対的に優位になるには、まったく問題なしというわけではない。(1)農業の担い手をどのようにするか(外国人季節労働者の許容可能性)、(2)農業分野への新規参入をどうするのか(参入を促さないと農業経営の効率は高まらない)、(3)既得権益(全農、JAなど)の抵抗をどのように調整するのか、(4)農業政策と商業政策が欧州(オランダ)や米国のようにうまくコーディネートできるのか、(5)日本国として農業を環境保全型かつ企業的に運営できる枠組みを提供できるのか、に明確なビジョンを示すことができるかどうかにかかっている。結果はすべて産業政策的な判断に委ねられる。農水省など、政府の政策責任は極めて重い。
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 農業分野での革新は、これまでは農業生産の生産性向上に集中していた(グリーン・レボリューション)。政策当局も農業生産者たちも、化学肥料や農薬やエネルギー(インプット)に対する生産物(アウトプット)の単位生産性を高めることに腐心してきた。いま有機農業に要求されているのは、そうした生産部門の努力に限定されない。生産と流通の「同時革新」が求められている。農業者が販売・流通の現場を知る必要がある。小売業者は、垂直統合の努力を通して、川上の生産段階にコミットすることが必須である。
確実に言えることは、大手メーカーや大規模流通資本が、安心・安全の食品流通分野で、かならずしも主導権を握れるとは限らないことである。革命は中心部ではなく、メインストリームから遙か離れた周縁部から、思いもかけない形でやってくるものである。20年前に、マイクロソフト、ヤフー、グーグルなどの台頭を、誰が想像しえたであろうか?
 ホールフーズのような自然食品流通の革新者が、日本においても忽然と現れるかもしれない。また、そうした有機・自然派の農産物流通のイノベーターが登場することを期待したい。

 2007年2月18日
 編著者 小川孔輔