農産物のブランディングを考える(2):地域のマーケティング

今になって思うと懐かしいことだが、ほんの10年ほど前には、対象がどのようなものであれ、「何でもマーケティングができる」と信じられる時代があった。


ここでいう”マーケティング”とは、テレビや新聞・雑誌などの広告媒体や広報活動を通して、商品やサービスを消費者に販売促進できるという考え方である。
 ”何でも”の意味は2重である。第一に、マーケティングを行う主体は、民間の企業組織に限定されるわけではない。政府や自治体などの公的組織、大学、病院、農協にとどまらず、NGOやNPOなどもマーケティングをする主体に含まれる。
 第2に、マーケティングされる対象は、自動車や歯磨きなどの商品に限定されない。ホテルやエアラインなどのサービスだけでなく、大統領選挙の候補者(人物)や赤十字の献血運動(アイデア)、場合によっては、禁煙運動や麻薬撲滅などのキャンペーンもマーケティング対象として考えられた。
 アイデアや人物と同様に、「場所」(地域)も、民間企業や公的組織によってマーケティングが可能な対象であるとされた。舞浜(TDL)、長崎(オランダ村)、富良野(TVドラマ「北の国から」)は、場所のイメージがマーケティングの対象となった代表的な事例である。地名に特産品をプラスした「産地ブランド」が、地域の事業として成功した例も数多く見られる。たとえば、夕張(メロン)、関(サバ)、神戸(牛)などである。リゾート地、都市(商業施設)、農産物の産地など、とくに農業と観光の分野で、地域をプロモートするという現象がバブル期の特徴であった。
 「何でもマーケティング」の風潮は、日本人と日本の企業に対して功罪相半ばする結果をもたらしたかもしれない。とはいえ、良い側面に注目すれば、地域を活性化するためのマーケティング努力が、いまでは以前にも増して重要になってきている。地方自治体が真剣に取り組むべき課題として、「地域をブランド化する」という焦点を絞った活動が大切になってきているからである。若年人口が減少し、シャッターが歯抜けのように閉じてしまった商店街を抱える地方都市にとって、残された文化資源を活用するための機会は、地域をマーケティングする活動に求めるしか方法がないように思う。
 たとえ経済的に停滞しているように見えても、長い歴史を持った地域には、伝統工芸品や農産物、あるいは、美しい風景とその背景を構成する伝統的な文化によって連想される良いイメージがある。静的な安定感が人々の印象にはプラスに作用することもある。安らぎ、静けさ、伝統、落ち着き、繊細さなど、地方都市や農村にあって、東京や大阪などの国際都市にはない良さである。そうした場所には、かならず、朝市、温泉、お祭り、季節の行事などの古くて懐かしい風景が残されている。
 そうした文脈の中では、地域の名産品であるお菓子やおみやげ品類は、ツーリストからの収入促進要因ではなく、地域というブランド名を強化するためのブランド要素としての役割を本来は与えられるべきである。ところが、現状は理想とは逆の形になっている。すなわち、土産ものや農産品が、良い地域のイメージにぶらさがっているのである。
 地域とブランド要素(良い連想イメージ)との間に良好な関係が見られないわけではない。たとえば、湯布院(大分県)から30分ほど山奥に入った黒川温泉は、メディアへの露出によって「日本人が最も行きたいと思う温泉」の仲間入りをした。一般にはその名を知られることなく、ひっそりと暮らしていた温泉宿の女将は、東京からのUターン組である。宿付きの中年バーテンダーは、都内の某有名ホテルでシェイカーを振っていたIターン移籍組である。炭酸が混じっているので、お湯がぱちぱちと弾けるラムネ温泉。「お湯にも「シズル感」があったんだ!」とわれわれは文章と写真を見ながら、温泉町についての物語を紡ぎ出すことができる。
 外延に黒川温泉という「サブブランド」が新たに加わることで、もともと人気が高かった「湯布院」という地域は、ブランド価値がさらに高められた。地域のブランディングは、ドラマの演出に近いところがある。すなわち、シナリオを書く、役者を配置する、劇を上手に進行させる。したがって、マス広告を使うよりは、紙媒体を使ったPR活動が有効である。そのうえで、ドラマ全体をプロデュースする宮崎駿監督のような大物プロデューサーが絶対に欲しいものである。