筆者が顧問をしている商品企画会社(株)レッグスが、昨年夏(2001年7月)にジャスダックに株式公開した。創業メンバーは立ち上げ時の努力が報われ、会社としては将来の事業拡張に向けて資本市場から資金を調達することができた。
ベンチャー企業にとってそれ自身がとてもうれしいことではあるが、株式公開は会社の事業運営に対して別のメリットをもたらすことが知られている。それは、企業の知名度やイメージと関連している。
メーカーや流通・サービス業向けにプレミアムグッズ(おまけ)を企画・製造・販売しているレッグスの創業者である内川淳一郎社長いわく。「株式公開したことで一番変わったことは、とにかく営業活動が楽になったこと。二番目は人材の採用、とくに優秀な新卒を採用するのに、以前のように苦労しなくなったことが大きい」。
通常、宣伝広告のいちばんの役割は、消費者に商品名を知ってもらったり(知名)、商品やサービスの内容を説明したり(理解)、商品を購入するときに店頭でブランドを指名してもらうことにある(行動)。ところが、企業ブランドに関して言えば、内川社長のコメントからもわかるように、企業広告には、商品広告とは別の機能があることがわかる。消費者に向けた直接的な効果(外部マーケティング)と同じくらい、あるいはそれ以上に、企業広告は組織の内部で働いている従業員や将来メンバ-になる可能性がある新規採用者に向けた効果(内部マーケティング)が大切であることがわかる。
流通・サービス業や素材産業の広告では、しばしば従業員が現場で働いている風景を実写したCMを流している。それは組織内部に向けた配慮を反映したものである。実際に、商品・サービスを購入してくれる顧客以上に、当該企業の従業員が自社の広告をよく見ていることは想像に難くない。
リクルーティングという観点から見ると、新卒者は企業にとって大事な見込み客である。もちろん高い知名度は、見込み客を獲得するために必須の条件である。最近やや競争倍率が落ちたとはいえ、わずか数人の採用枠に対して数千人が応募してくる大手雑誌社や新聞社、テレビ局などの応募状況をみると、採用活動における企業の知名度の重要性がよくわかる。なお、学生の側からマスコミ業界が人気が高いのは、個々の企業イメージというよりは、業界というカテゴリーの知名度によるところが大きいのであろう。
とはいえ、知名度が高いだけで、簡単に見込み客を実顧客に転換させる(コンバージョンする)ことができるわけではない。企業側のコミュニケーション努力とプロモーション活動の結果として、まずは良い企業イメージが創造できなければならない。そうしたうえで、企業としての知覚品質(仕事のおもしろさ/華やかさなどの品質感)に加えて、価格とコスト(経済的な報酬と時間的な犠牲)が相対価値として魅力的でないと就社にはいたらないであろう。
中途採用者を対象としたときにもほぼ同じような議論が成り立つが、企業をブランドとしてみたとき、新卒者の就職活動に関しては中途採用者と場合と3つのちがいがある。すなわち、実務経験(知識水準)、期待形成、意思決定までの時間の長さである。
新卒者にとって、就職活動は初めての経験である。仕事の内容に関して、新卒者が具体的な知識や経験を事前に持っているわけではない。どちらかといえば、イメージ(想像)が先行しがちである。結果として、就職後にイメージと実際がちがうということが起こりやすい。いわゆる、商品に対するクレームである。苦情に対する対応策にはふたつある。商品を返品する(会社を退職する)か、そのままで我慢する(認知不協和の解消)かである。いずれにしても、商品説明(会社と仕事の実態)を事前に十分にしておくことが、両者にとって不幸な事態をさけるための最低条件である。
それと関連して、新卒者の場合は、中途採用者にくらべて就社を決定するまでに要する時間が長いことがあげられる。大学3年生の3月時点ですでに就職先が決まっているケースもあるが、たいていは冬から春先にかけて準備をはじめて、6~8月に内定をもらうというのが標準的なプロセスである。最終決定までに4ヶ月から半年をかけている。現在の問題は、最終決定までの時間が長いことがかならずしも適切な職場選択に結びついていないことであろうか?
実務知識が不足していることを補うために、最近では試験的に企業で働いてみるというケースが起こっている。新製品販売でよく見られる「サンプリング」(試し買い)である。就職の場合では、「インターンシップ」(企業研修)がさかんに行われるようになった。学生にとっては、仕事の現実を知るチャンスが与えられるわけである。就職と採用の失敗を未然に防ぐという意味で、これは社会的に望ましい傾向である。
最後は、企業ブランドの評価に関する期待形成についてである。就職先として選んだ企業が永遠の存在である時代は終わったように思う。20代では転職が日常茶飯事になりつつある。「会社を選ぶ」就社ではなく、本来の意味での「仕事を選ぶ」就職があたり前になってきている。企業側も学生側も、雇ったり雇われたりするリスクが減少したと言えるだろう。その点で言えば、企業はイメージで選択されるのではなく、知覚品質と顧客との関係性が重要になってきている。就職活動が「市場化」した結果である。