東京駅を街に変える Gransta@Tokyo Station City

東京駅のエキナカ・「グランスタ(Gransta)」を計画した野崎哲夫社長(㈱鉄道会館)にお会いしました。先週、月曜日(14日)のことです。日本SC協会のアカデミーで講演(11月7日)をお願いしていますので、その打合せを兼ねての会食でした。現在進行中の東京駅開発のお話も伺いました。その後で、東京駅の商業施設を案内していただきました。


㈱鉄道会館は、旧国鉄の流れを組む、商業施設ビルの開発会社です。昭和24年に戦前の鉄道省が、旧国鉄に生まれ変わりました。そのとき、国営企業である日本国有鉄道(国鉄)が、商業分野で民業を圧迫してはいけないということで、別会社として発足したのが「㈱鉄道会館」でした。当初から、商業施設を建設する駅ビル施設の「不動産開発会社」としての役割を期待されていました。
 「鉄道会館」という会社名が日本語としてはいかにも変な名前でしたので、野崎社長に率直にその由来をたずねてみました。答えは、英語の「Railway Building」(駅ビルですね!)をそのまま直訳したのが、「鉄道会館」だったのだそうです。本来ならば、「鉄道ビル施設開発会社」とでも翻訳すべきところでした。
 会社の正式な発足は、昭和27年。現在、取り壊しが進んでいる「大丸百貨店」(東京駅八重洲口)の商業ビルを計画し、「鉄道会館ビル(東京八重洲本館)」として建設したのが最初です。東京駅の大丸百貨店は、鉄道会館ビルのテナントだったのだそうです。同じ時期に、鉄道会館は、東京駅名店街の開発プランも作りました。その後、全国に広がって行く駅ビル開発の基本設計と資金提供(ファイナンス)、および運営のコンサルテーションは、鉄道会館が担ってきました。ルミネの開発にもタッチしています。
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 現在進行中の東京駅開発は、なかなか興味深いところがあります。東京駅の全体開発計画は、「東京ステーションシティ構想」と呼ばれています。丸の内口側(皇居側)の「丸の内ビル」「新丸の内ビル」などと、大丸百貨店の移転に象徴される八重洲口側(日本橋寄り)のビル開発(ノースタワー、サウスタワー)を含む広域開発になります。「東京駅を街に変えてしまおう!」という発想から生まれたものです。
東京駅の赤レンガ駅舎(丸の内側)が大正3年の姿そのままに復原され、八重洲側に完成した二つのビルを結ぶ低層ビル(3層(一部4層)のグランルーフ)が2013年に完成した時点で、平成の東京駅の開発は終わります。
 全体の商業施設の開発計画は、野崎社長の前任者のときに、青写真がほぼ完成していたようです。ただし、グランスタの構想は、2005年秋に浮上したものです。これは、2004年に鉄道会館に赴任した野崎社長が2005年から実現に向けて推進したものです。
ご存知のように、東京駅は、鉄道の駅としてみると、丸の内側と八重洲口側に分断されています。両方の改札口がどこでつながっていたのか、頻繁に東京駅を利用しているわたしですら、なかなかそれが思い出せません。地下中央通路でつながっているのだそうですが、そこに商店街があったのかどうかが思い出せません。グランスタが完成してからは、地下通路の様相がすっかり変わってしまいました。
 2005年は、エキュート大宮が3月に開業した年でした。エキュート(鎌田由美子社長)は、大宮駅のホームに人工地盤を作って商業施設を開発しました。その後のエキュート品川(2005年)やエキュート立川(2007年)も人工地盤の上に建てられたエキナカ商業施設です。しかし、東京駅はそんなわけにはいきません。既存の駅施設の構造をそのままに活用しながら、地下商業施設の開発が進められました。中央駅ゆえに、JR駅側のプライドは大宮や品川の比ではなかったようです。
 グランスタの計画期間は一年弱で、2006年には工事がはじまりました。1年後の2007年10月には早くも開業にこぎつけています。「JR時代からのたくさんの人脈と関係箇所のとの困難な交渉と説得の結果」(野崎社長)だそうです。
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 ご覧になった方はおわかりだと思いますが、グランスタの施設内には、47店舗(2店舗はシーズンセレクトショップ)が出店しています。そのうちの30店舗は、エキナカ初出店の店舗です。つまり、エキュートやエチカには入店していない東京駅オンリーのテナントです。テナント誘致を担当したのは、グランスタを開発するためにJR本体から出向してきた鈴木和馬さん。代官山の手ぬぐい屋さん「かまわぬ」を誘致して、お菓子と手ぬぐいをセットで販売するお土産の企画「まめぐい」がヒットしています。
 鈴木さんが連れてきたテナント中で、いま一番に売れているのが「日本橋錦豊琳(ニシキホウリン)」でした。かりんとうの問屋さんです。店舗を構えていなかった卸やさんを、グランスタに誘致してコーナーで展開しています。店を持つことは、出店する側だけでなく、誘致する側にもずいぶんと勇気がいったようです。
 日本橋錦豊琳のかりんとうは、グランスタに出店する前は4種類しかなかったのですが、詰め合わせで販売する楽しさを演出するために、味の種類を12種類に増やしたのだそうです。おいしいとの噂が口コミで広がり、いつも店頭に並んでいるお客さんが通路から溢れている状態です。野崎社長と連れ立って見学に行ったときも、警備員さんが待ち行列を規制していました。店頭以外の離れた場所の別レーンに、約30人が細身のかりんとを目指して並んで待っていました。
 野崎社長に言わせると、テナント誘致よりもリスクが大きかったのは、客動線の問題でした。グランスタは、東京駅の地下一階にある商業施設です。地上には丸の内改札口と八重洲改札口を結ぶ中央通路がありますから、とくに用事が無いとすると地下通路に降りていく動機は見当たりません。グランスタ開業前に東京駅の通行量を調査したところ、地上1Fの中央通路が10に対して、地下通路はわずか1の通行量でした。
 魅力的な商業集積を作って、地下1Fにお客さんを引き込む算段をしなければならなかったわけです。一番のハードルは、中央通路内に新規にエスカレーターを設置することでした。駅側の事情で柱を動かすわけに行かず、エスカレーターは独特のカーブをもった遊園地にあるようなものなりました。それがアイキャッチとなったので、かえってよかったのかもしれません。目検討ですが、10;1のハンデは、現在、5:1くらいには縮小したように見えました。
 2007年10月下旬のグランスタ開業以来、9ヶ月が過ぎようとしています。総売り場面積が1500平米(47店舗)ですから、エキュート大宮の2300平米(68店舗)に比べて、販売スペースは手狭な感じがします。当初の売上予測では、それでもエキュート大宮開業時の予測値(55億円)と同じくらいの年商50~60億円を見込んでいました。いまの勢いでいけば、年商で80億円は超えそうです。
 八重洲北口地下の「グラングルメ」(B1F)の黒塀横丁で、お食事をご馳走になりました。お帰りのお土産には、「まめぐい」と「かりんとう」(その他)をいただきました。本当は、「東京駅」銘柄の青いビンの日本酒が欲しかったのですが(笑)。つぎに自分が買い物に伺うときに、かりんとうと一緒に購入したいと思います。野崎社長秘書の田中聡美さんにも、お世話になりました。サピアタワーや新丸ビルでの会議が多いので、グランスタには近々にまたうかがいます。