【柴又日誌】#140:謎が解けた! 天使の分け前とオーク樽の充填サイクル

 昨夜は、ご近所さんの鉄板焼きの店「HOKUHOKU」にかみさんと出かけた。かみさんが道路のくぼみに躓いて、足を挫いてしまっている。自宅から歩いて3分以内が限度だ。食べた料理の写真は、本日朝のインスタに投稿してある(https://www.instagram.com/p/CxWaHBdSfYR/?img_index=1)。食したのは、ゲソポン、白恋、フルセットのお好み焼きである。アルコールは、ふたりとも最初に「最強レモン」(冷凍レモンを串のように重ねた焼酎割り)を頼んだ。

 

 わたしの2番目のアルコールは、いつもオーク樽(1リットル)に詰めたウヰスキーになる。

 めずらしく、かみさんもショットグラスを選んだ。わたしは水道の蛇口をひねるように、いつものように樽の栓を回してショットグラスにウヰスキーを注いだ。樽の中で熟成しているのは、サントリーの角である。ショットグラスから、そのままウイスキーをロックグラスに移動させた。

 いつもは坂西店長がオーク樽を奥から出してくれるのだが、昨日は、新入りのアルバイトの女の子がオーク樽を抱えて、わたしたちのテーブルに運んできた。先々週、次男の家族がHOKUHOKUに来ていた。真継君が、残りのウイスキー(「わん」とラベルで書いた細長いガラス瓶)を空けてくれていた。オーク樽は、かなり前から新しくなっている。

 オーク樽の正面には、紙のシールが貼ってある。シールには、「Barrel Aging」と英語で書いてある。「樽の熟成期間」とでも訳すのだろうか? シールの上から順番に、空になったウヰスキーを充填した年月日が書いてある。一番下は、2023年2月23日(角1ℓ)。手書きである。昨日は9月18日だから、前回の入れ替えは半年も前のことだ。

 

 そういえば、このところしばらく、坂西店長は熟成が終わったウヰスキーを、細長い瓶(1本)と太っちょの瓶(2本)に移しておいてくれている。ガラス瓶の3本を、わたしは2月23日からしばらくの間、ちびちびと飲んでいたことになる。新しく充填されたオーク樽の中身は、半年ほど手つかずのままになっていたのだった。

 「熟成がきっちりとできた」結果だろう。ショットグラスを舌で舐めてみたら、これがうまい!

 一瞬、ハイボール用に泡(ソーダ)を頼もうとしたが、それはやめた。それはないだろう。半年もの間、オーク樽の中で美味しく熟成しているのだから、ハイボールで飲むのはもったいない。

 オーク樽で熟成したウヰスキーを、坂西店長がわたしのために細い瓶に移すようになったのは、つい最近のことだ。来月発売になる私小説『わんすけ先生、消防団員になる。』の最終章に、坂西店長が主役の「天使の分け前」という話(第2話)が挿入してある(以下の記事を参照のこと、第7章第2節「天使の分け前」)。

 

 坂西店長の気持ちを忖度してみる。わんすけ先生の来店頻度が落ちてくると、キープしてあるオーク樽から、少しずつウヰスキーが蒸発してしまう。半年で全体の2%程度なのだが、まじめな坂西店長は、「天使にかすめ取られるまえに」細い瓶に移してしまうことを考えたようだった。

 坂西店長に、オリジナルの原稿(天使の分け前)を確認してもらったのが、「かつしか文学賞」に応募してからだった。2022年10月を過ぎたころだろう。年明けあたりから、HOKUHOKUの店内奥にあるリザーブ用の空間に、細長い瓶が登場するようになった。坂西店長が心配しているように、ここ2年間で、わたしたちの来店頻度が落ちているかどうかを確認してみた。

 

 「Barrel Aging」(シール)の手書き部分を、上から順に転記してみる。

周期#1 2018.9.14 角1ℓ(ちなみに、わが家が高砂に引っ越してきたのは、2018年10月30日である)

周期#2 2019.3.3 角1ℓ(樽の充填は、6か月後)

周期#3 2019.12.4 角1ℓ(同、9か月後)

周期#4 2020.7.10 角1ℓ(同、8か月後)

周期#5 2021.1.20 角1ℓ(同、5か月後) 

周期#6 2021.8.30 角1ℓ(同、7か月後)

周期#7 2022.6.8 角1ℓ(同、10か月後)

周期#8 2023.2.23 角1ℓ(同、8か月後)

 

 データは客観的だ。予想通りだった。「周期#6」のサイクルが長かったから、コロナ期の2021年の春先に、ウヰスキーのオーク樽が乾いてしまったのだった(干上がってしまいそうになっていた)。

 わたしたちが、2022年6月8日に再来店したとき(佐藤バイヤーの「昇進祝いの日」)、坂西店長は「オーク樽が乾いてしまわないように、最後に焼酎をすこしだけ加えておきました」と説明してくれた。わたしが、「(最後の一滴が)ものすごく美味しい!」と言ったからだろう。

 その後に、ウヰスキーが減って樽の充填が近くなると、坂西店長は、細長い瓶を用意するようになったのだった。まるで刑事物語のように、客観的な証拠を集めてみたら謎が解けた。天使の分け前の話から、細長い瓶の登場までの説明ができたようだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

<参考>

小石川一輔『わんすけ先生、消防団員になる。』(小学館スクウェア)

 

第7章 この街と暮らす

 

2022年6月16日(土曜日)

第2節 天使の分け前

 

 鉄板焼きの店「HOKUHOKU」(ホクホク)は、高砂駅とわが家のほぼ中間点にある。
 土地を購入して新居の建築が始まってから、しばしば工事の進行具合を見にきていた。その帰り道に見つけて、立ち寄るようになった店である。
 2014年の開業で、店長は坂西さん。店のスタッフも、全員が20代~30代と若い。
かみさんと最初に訪店したとき、「そんな頻繁にいらっしゃるのなら、、、」と店長に奨められて、ウイスキーをキープすることになった。サントリーの角を、小さなオークの樽に移したものだ。
 ミニ樽のサイズは、1リットル。しばらく置いておくと、オーク樽からウイスキーに香りが移って、香ばしくまろやかな味わいになる。月一回は来ているので、半年くらいのペースでミニ樽のウイスキーは入れ替えている。

 

 店内の壁のほぼ全面が、黒板のパネルになっている。
 オープニング・スタッフだったHANAさんという元美大生が、いまでもメニューの料理を、色チョークで黒板に描いている。料理の絵には、気の利いた短い説明文が添えられているのが嬉しい。
 わたしたちの最近のお気に入りメニューは、「白い恋人たち」。「明太子とポテトサラダとチーズが恋をした(♡)。略して、白恋」の説明がある。
 その他にも、「豚キムチーズ」「天使のえび」「たこぽん」なども、色鮮やかな多色のチョークで描かれている。食欲をそそるドローイングだ。
 お客さんも若い。ファミリー客や4~5人の友人同士のグループが多い。メインはお好み焼きで、他の料理のボリュームがすごいからなのだろう。

 

 1ヶ月ほど前に、かみさんの仕事仲間が昇進したので、そのお祝いでHOKUHOKUに招待した。キャリアアップしたのは、マーニー救出劇でリーダーを務めてくれた佐藤バイヤー。
 手帳を見たら、昨年末以来、5か月のご無沙汰だった。5か月も空いたので、ウイスキーの樽が空になっていた。誰かが勝手に飲んでしまったわけではない。わずかに残っていた分が、すべて蒸発してしまったのである。
 「空になった樽が乾いてしまわないよう、焼酎を少量ですが補充しておきましたよ」と店長さん。
 季節にもよるが、1カ月で樽の中のウイスキーは30~50㎖ほど自然に蒸発してしまうらしい。5か月だと200㎖。コップ一杯分だ。

 

 数年前に、ケン・ローチ監督のイギリス映画「天使の分け前」(Angel’s Share)を見たことがある。
タイトルの「天使の分け前」とは、ウイスキーやブランデーなどが樽の中で熟成していく間に、蒸発して中身が減っていく減少分のこと。
 そういえば、「年に約2%ずつ減っていくのだが、『天使に取られてしまう分』があるから、ウイスキーは中身が凝縮されて美味しくなっていく」というようなことが映画のパンフレットに書いてあったのを思い出した。

 

 お祝いだから、三人でとことん飲むと決めていた。
 かみさんは、冷凍レモンを串刺しにした「最強レモン」。わたしと佐藤バイヤーは、定番のキリン・ブラウマイスターで出発。大騒ぎをしてしゃべって、とにかくよく食べた。
 注文した料理は、だし巻き卵からはじまり、白い恋人たち、ランプスステーキ、お好み焼き、チャンピオン焼きそば、と続いた。
締めのデザートは、かみさんの大好きなフレンチトーストのアイスクリーム添え。よくぞこの量をすべて食べた切れたものだ。

 

 本日、大宴会から1か月後のことである。
 店の前を通りかかったら、坂西店長に声を掛けられた。わたしのほうを見て、なんとなくニコニコしている。
 「樽のウイスキー、もう飲みごろになってますよ。今日でなくもよろしいですが、早めにお立ち寄りください。樽のモルトが蒸発してしまいますから」。
 また間隔が空いてしまうと、「美味しいウイスキーの分け前を、天使にもっていかれてしまいますよ」、そう言いかったんだな。