出身高校(秋田県立能代高等学校、40期)の同窓会から、6月1日に原稿の依頼がありました。同窓会が毎年発行している『松陵健児』(2023年第33号)への寄稿です。現役生が読むので、将来の進路に関係のありそうなテーマを選びました。29歳の時に、仕事のやり方を大きく変えました。そのときのことを後輩たちに伝えたいと思いました。
「29歳の処世術」『松陵健児』(2023年9月1日)
文・小川孔輔(法政大学名誉教授、作家)
雑誌のインタビューなどで、「先生の座右の銘(ざゆうのめい)は何ですか?」と聞かれることがあります。ふつうは無難に、「有言実行」など4文字熟語で答えるものなのでしょう。わたしは、ちょっと嫌味なのですが、以下の英語の金言を引用することにしています。
”If you cannot beat them, then join them.” 米国留学中に覚えたフレーズです。意訳すると、「相手を打ち負かすことができないと思ったら、仲間にしてしまえ!」となります。そうなのです。高校時代から大学院での研究生活を通して、勉強でも研究でも、競争に勝つことに腐心していました。負けず嫌いな性格もあって、いつも一番になることを目標に努力をしました。
ところが、米国の大学院で、その考え方を180度変えることになりました。29歳の時です。留学先のカリフォルニア大学には、世界中からが優秀な学者の卵たちが集まってきていました。その中で飛び抜けた業績を残すことは、とても困難なことだと感じました。悩み多き29歳の客員研究員にとって、たまたま目についた「勝つためには仲間を増やしなさい!」という英語の格言が、天からの声に聞こえました。
教員生活46年間で、50冊の書籍を出版できました。大学教員としては、記録的な出版点数ではないかと思います。それが実現できたのは、意識して共著(共同執筆)を増やしてきたからです。単著(単独の著作物)は、全体の半分以下の19冊しかありません。
さらに、50歳を超えたあたりから、自身が組織した研究プロジェクトではあっても、論文や書籍では、共同研究者の名前を前に置くようにしました。例えば、岩崎達也・小川孔輔共編著『メディアの循環』(生産性出版、2017年)などです。岩崎教授(関東学院大学)は、わたしの20人の弟子の中のひとりです。これも海外の研究者の流儀をまねたものでした。有名教授ほど、自分の業績よりも、弟子や若手の研究者たちの将来を大切に考えていました。
なお、一緒にプロジェクトを組織するときに、強く意識していることがもうひとつあります。仲間を探すときに、できるだけ専門領域が遠くて異質な人物を選ぶように努めたことです。異質な発想の分野が異なる専門家と仕事をすることは、他方で調整のための作業を難しくします。ところが、これがプラスに働くことがあります。
専門領域が離れている異能の人同士が組むと、研究に思いもかけないような飛躍が起こるのです。発想が異なる異能の相手からは、新しい知恵を授かることも多いのです。他方で、似たようなタイプの専門家と研究しても、「1+1=3」にはならないものです。
29歳のときに苦しい思いから脱却できたのは、「競争」を軸にした仕事の仕方を、「共同」で仕事に取り組むことに発想を転換できたからだと思います。一人で論文を書くよりは、仲間と仲良く仕事をしている方が楽しいものです。仕事を早く終えられます。知的生産性も高まります。