熱燗DJ(ドリンク・ジョッキー)という職名があることを初めて知った。昨日15時から某プロジェクトの相談で、調査会社の社員さん4名が神田小川町の「オフィスわん」を訪問してくださった。メンバーのひとりが、熱燗DJを標榜する「つけたろう」さんだった。熱燗DJとはなんだろう。初めて聞く職名だ。
つけたろう酒店は、お酒をデリバリーするサブスク・サービスである。つけたろうさんが、知り合いの醸造所と組んで、ご自分が好きな酒をセレクトする。あるいは、酒屋さんと相談しながら、新規に商品を開発する。
先月は、秋田の男鹿半島の酒屋さんまで出向いたらしい。趣味の世界に近い仕事なのだろう。会員費は月額6千円。つけたろうさん考案のお酒をメンバー会員にデリバリーする。いつ来るのか?どんな酒が来るのか?それは、実際に玄関先に酒瓶が配達されるまでわからない。
つけさん(略称でわたしはそう呼んでいる)は、武蔵美出身だ。学卒で某ベンチャー企業に就職して7年間働いた。キャリアから推察できるように、ご本人の風貌と同様に、とてもマニアックそうな顧客を抱えていると思われる。
昨夜は、ギャラリーで3時間のミーティングになった。終了の18時ごろ、ギャラリースペース(オフィスわんン)から隣のBARブリッツに移動した。
ブリッツの水曜日はワインデーである。カウンター席は7席。7時ごろから、若い女子連がワイン会を開くことになっている。事前にそれがわかったいたから、6時からの一時間だけ、しおりママからカウンター席を借用することにした。
早速、つけたろうさん(本名は情報統制のため秘匿する)から、常温と燗酒の日本酒を順に振舞っていただいた。最初に出てきたのは、三重の普通酒で「鉾杉」。鉾杉をわざわざ樽に移して、間隔を開けて3度、元の瓶詰に入れては戻す。それがなぜなのか理由を説明されたが、詳細は覚えていない。
鉾杉の香りが、そのむかし秋田の父親が愛飲していた「高清水」の二級酒によく似ていた。つけたろうさんに、そう言ったら褒めてもらえた。「その通りなんです。この作り方(杉の香りをつける)には、普通酒のほうが向いているのです」。わたしの鼻と舌と喉の働きもまんざらでもなさそうだ。
その後、つけたろうさんプロデュースのマニアックな試飲会が延々と続いた。途中で、ワイン会が始まったので、わたしたち5人はボックス席に移動した。わいわいガヤガヤの女子会を横目に見ながら、つけたろうさんの仕事歴を聞いた。こういう場面で、わたいはインタビュアーになる。
そのときの仕事は、手工芸品のネットサイトの運営だった。そういえば、うちのかみさんは、その昔は夜なべ仕事で「組紐」を作っていた。それをネットで売っていたが、サイトのひとつは熱燗DJさんが創業したものだった。業界三番手だったから、買収されて自分の仕事がなくなった。
会社を辞めてからの話を聞きながら、二番目の笹一が振舞われた。笹一は、つけたろうさんが今住んでいる山梨の酒蔵の酒である。さきほどの鉾杉と同様に、白磁のおちょこに継ぎ足し、継ぎ足しでサーブされた。熱燗DJなので、お燗の作法にはかなりうるさい。
BARブリッツでは、食べ物を温めるのにIHヒーターを使っている。しかし、IHだと電磁波が障害になって、美味しくお燗ができないらしい。一旦温めたお湯に、銅と錫の二種類の酒燗器(しゅかんき)を使って、日本酒を温めなおしていた。適温は68度だそうで、酒燗器に温度計が浮かんでいる。随分と高温までお燗をするものだと感心した。おおよそはあり得ない。細部にこだわるのだ。
酒の振舞い方を講釈した後で、日本酒を美味しく飲むためのコツを教わった。詳細は省くことにするが、拘り過ぎたのがいけなかったのか、肝心の熱燗DJが運営するサブスクの会員があまり増えていない。つけたろうさんの振舞うお燗は美味しいのだが、マニアックすぎて商売はいまいちだとのこと。
余計なアドバイスをしそうになったが、つけたろうさんはクライアントの社員でもあるから、ここは黙して時間を素通りさせた。次回は、なにか言える場面があったら、サブスクのコツを伝授することもできるかも。
9時過ぎに、近くの新潟の居酒屋さんからへぎそばが持ち込まれた。楽しい3時間の熱燗DJのワンマンショーは、解散となった。楽しい宴席だった。どうやら、ワインより日本酒の方にわたしの鼻は効きそうだ。日本酒を飲んでいるほうがリラックスできるからだ。これは、新たな発見だった。