「コンビニ、売れ残り実質値引き セブンなど食品ロス削減」という記事が『日本経済新聞』に掲載されていた。記事の内容は、ローソンとセブンが、賞味期限の近づいた弁当類(日配品)が廃棄されるのを防ぐため、ポイント還元を行う店頭実験を開始するというものである。
記事の冒頭には、つぎのような説明で始まっている。
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セブン―イレブン・ジャパンは今年秋から、全国の加盟店を含む全約2万店で、販売期限の迫った弁当やおにぎりの実質的な値引きを始める。購入客にポイントを数%還元するかたちで、値引き原資は本部が負担する。売れ残りが減り、加盟店は廃棄費用の負担を減らせる見込み。ローソンも実質値引きに取り組み、コンビニエンスストア大手が食品ロスを減らす。
(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO44916110X10C19A5MM0000/)
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セブンイレブンに関しては、電子マネー(ナナコ)を使って、「販売期限の迫った弁当やおにぎりの値引きを始める」「還元率は5%程度」「販売期限まで4~5時間に迫った弁当やおにぎり、麺類などが対象」と説明されている。
ローソンについては、「ポイント還元の実験を愛媛県と沖縄県で始めると発表」「6月11日~8月31日、合計約450店で、「ポンタ」会員などが16時以降に目印の付いた商品を買うと100円につき5ポイント還元する」「同社は総菜や店内調理品などの値引きを推奨している」とリリース記事では発表されている。
ここで、記事が触れていない重要な点について、コメントしてみたい。
(1)弁当類の食品廃棄ロスを減らすために、なぜダイレクトな「値引き」ではなく、「ポイント還元」を実施するのか?
(2)還元率はなぜ5%になっているのか?(わたしの推測)
(3)5%のポイント還元は、どの程度のフードロス削減に貢献できるか?
(4)そもそも、本部の負担はどの程度になるのか?
日経の記事に最後のコメント=「本部が主導して値引きすれば、加盟店の廃棄コストの負担が軽くなる。加盟店は人件費も負担し、人手不足の中で収益環境が悪化している。今回の取り組みは加盟店支援でもある。セブンイレブンは価格の決定権を加盟店に委ねてきたという」は本当に正しいのか?
<解説>
(1)ポイント還元
これには二つの理由がある。値引きには、4つのやり方がある。商品をいま値引きするか(即時型)、ポイント付与のような形で将来還付するか(延期型)。もう一つは、「値段を安くする」(値引き型)のではなく、おまけとかポイントなどで付加価値を付与する「付加価値型」。この二つを組み合わせると4種類の方法がある(詳しくは、拙著『マーケティング入門』日本経済新聞出版社)に説明があるが、コンビニ2社は、フードロス対策として「延期・付加価値型」の値引きを選んだわけである。
これは、対応としては正しいと思う。①定価に手を付けずに(ディスカウントではない!)、②ポイントで再来店動機を高める、しかも、電子マネーを利用することで、③店舗オペレーションに負荷がかからないようにする。
(2)還元率はなぜ「5%」なのか?
詳しい説明は拙著を参考にしていただくことにして、簡単にいえば、両社はつぎのようなシミュレーション(想定)しているのではないのか? 経済学の公理(D/S理論)で、「価格弾力性は、粗利の逆数になる」という定理がある。コンビンの廃棄商品のケースでいえば、弁当類の粗利率は、32~33%であることが知られている。その逆数だから、価格弾力性は3(=1/0.33)になる。
つまり、弁当やおにぎりなど(粗利率33%の商品)は、価格を5%値引きすると売上個数が15%(値引き率の3倍程度)伸びる商品群である。したがって、セブンのケースで、賞味期限が到来する前(4時間前、商品補充時点)に、入荷量の70~80%が売れていれば、5%の値引きで残りの商品から15%程度は買ってくれる客(チェリーピッカー)がいるはずである。
ローソンのように、5%の値引きにプラスして5%(子供たちの食)の寄付を加えると、その効果は15%より大きくなるだろう。ローソンの場合は単なる値引きではなく、ある種の社会的な貢献活動でもある。ポイント還元の半分をフードロス削減に、半分を子供たちの食に協力していると認識されれば、フードロスがほとんど出なくなる可能性がある。
(3)フードロス削減効果
(2)の分析によると、同じ商品で賞味期限が近いものと期限が先のものが並んでいれば、7人に一人程度(15%)は率先して値引き商品を選ぶと想定できる。ということは、商品や前提にもよるが、セブンの場合で、食品廃棄率(現状で売上の2~3%程度)は0.5~1%に、とくに弁当類では、現在の1割程度から3%程度になると思われる。
ローソンの場合は、協力度合いにもよるが、さらに5~10%の積み増しが期待できるので、廃棄ロスはほとんどでないとみてよいだろう。また、ポイント還元策は、売り上げを増やしそうにみえる。というのは、従来は廃棄されていた商品が売上に計上されるわけだから。そもそも粗利減少分(セブン▼5%、ローソン▼10%)は、最終利益へのインパクトはそれほど大した率ではない。
オーナーの立場からは、廃棄ロス負担がほとんどなくなる。オペレーションと心理的な負担も軽減される。チャージ率(本部の取り分)が変わらないとすれば、店主の実入りも増える。そして、ローソンの場合は、売上がもっと増えて発注量が増えると想定できる。また、寄付行為が二重になる(食品ロス削減と子供たちへの寄付)から、店舗のイメージもアップする。
(4)本部の負担は?
一方、本部がポイント還元分を負担するとして(ローソンでは、5%は寄付に回す)、売り上げが増えるのだから本部が受け取る原資である粗利額も増える。それは、本部側でも増収要因になる。思ったほどに、本部の負担が増えるとは思わない。
ローソンの場合、10%全部(5%+5%)を本部が負担しても、全商品を売り切ることで最終的には売上も利益も増えるだろう。既存店の売上増に対して、ローソンのほうがスマートかつ積極的に取り組めるそうである。セブンのやり方は、消費者には中途半端に映るかもしれない。
<コメント>
問題は、値引きによって廃棄ロス(リスク)が減る分、逆に発注量が増えることである。そうなった場合は、トータルの廃棄ロスを減らすために、緻密なデータ分析が必要になる。5%ポイント還元のセブンと10%(+5%を寄付で負担)のローソンでは、最終利益に対する影響度は異なるだろう。
それは、消費者がポイント還元策をどのように評価するかで決まってくる。日本人のコンビニ利用者も、フードロス削減と自己の経済的な利益をトレードオフして、どのように判断するかの選択を迫られているといっていいだろう。コンビニごとに対応のちがいが生まれるだろうが、まだ対応策を公表していないファミマはどのように対応するだろうか。興味深いところではある。
いまのところ予測はつかないが、ポイント還元率(+タイミングなどの方法)は、本来的には自由に決められるはずである(独禁法上の問題)。チェーン内や立地でうまく協定を結ばないと、店舗間でポイント還元競争が起こる可能性がある。ドラッグストアの事例をみると、明らかにポイント還元競争で経営が圧迫されている。
とはいえ、本部のグリップがしっかりしていれば、それは起こらないだろう。もしかすると、食品ロスを減らすための値引きを機に、本部と加盟店の間の信頼関係が試されるかもしれない。
いずれにしても、「パンドラの箱」は開けられてしまった! フードロス削減のための値引きは、コンビニが24時間営業をやめる布石でもある。値引きについては、コンビニもスーパー並みになるということである。ただし、コンビニではデータ分析力や、AIの活用や現場力が試されるだろう。
無責任な言い方だが、学者としては実に面白い研究対象を目の前で見ている気がする。まちがいなく、フードロス削減は社会的に良いはことではあるが、、、