「先月の27日に、栃木でユリを生産・販売している平出賢司さん(エフ・エフ・ヒライデ、代表取締役)を訪問した。平出さんは、日本最大のユリ生産者で、MPS認証では「A」の取得者である。訪問の目的は、去年から連載している「トップ・インタビュー」の取材の為で、当日の午後は、事務局の野口弥生さんと一緒に農場を、平出さんが運転する電気自動車で歩き回った。
覚えている方もいらっしゃると思うが、『JFMAニュース』の巻頭言(2015年10月号)で、「タネの記憶、仕事の遺伝子」というコラムを書いた。青森のリンゴ農家で伝説の人、木村秋則さんによると、タネは根を出して花を咲かせて実をつけるとその土を「記憶する」のだそうだ。その根拠となっているのが、木村さんの経験である。
驚いたことに、平出さんによると、ユリの球根も土を記憶するのだそうだ。ご存知のように、わたしたちが現在国内で使っているユリやチューリップの球根は、ほとんどがオランダからの輸入品である。等級にもよるが、一般的には、国産のものよりも輸入球根は小さめに作られている。生産性や輸送性の観点から、あえて球根を小さく作るのだと思われる。
平出さんによると、その輸入球根を、新潟の一部の産地では養成球と呼ばれる小さな球根を購入して養成し、その土地の土に慣らして球根を育て、球根を“ 順化させる”のだそうだ。日本の土になじませてから、翌年に咲かせると、一年で球根が大きく育ち、そこから芽を出したあとの花は大きく開くことになる。種子一般と同様に、球根も土とその周りの環境を記憶して順応していくのだ。
考えてみると、実は人間の場合も、似たような性質を持っているのかもしれない。80年代の初めに、私たち家族4人は、米国カリフォルニア州のバークレイ校に2年間、滞在することになった。客員研究員として、法政大学から研究休暇をいただいたからだった。当初は、言葉の問題もさることながら、カリフォルニアの乾いた空気に喉を傷めたり、日差しがとても強いので腕や顔が真っ黒に日焼けしてしまった。しかし、そのうちに気候に慣れて、皮膚の色が現地化していき、心なしか毛穴が閉じ気味になっているように感じた。2年目の初めごろになって鏡を見ると、自分の顔が日本で暮らしていた時とは明らかに違って見えた。つまりは、カリフォルニアの空と土になじんで現地適応していたのである。
この海外体験は、わたしは考え方を変えるようになった。人間にとっても、先天的な才能(遺伝子)より、もしかすると後天的な土壌=場所(住んでいる環境)のほうが重要なのではないのか。だから、ふつうの人間ならばとりわけ、個人の才能以上に教育などによるのちの努力が大切だと思ったわけである。種子や球根は土を記憶するが、その土地がやせていると、あるいは耕し方をまちがうと、とんでもない作物ができてしまう。そのことを、日々の教育現場でも試されている。」