7月31日に、第6回のフードトラストセミナーが法政大学経営大学院で開催された。テーマは、「アメリカにおけるオーガニック最新事情」。当日の講師は、「商業界」編集長の笹井清範氏とスーパー「福島屋」の福島徹会長。徳江倫明さんとわたし(小川)がコーディネータ役を務めた。
笹井編集長の報告も興味深かったのだが、二番目の報告で、福島会長が「アメリカの食品スーパーを見て」というテーマで、米国のオーガニックスーパーを写真つきで解説してくれた。その話の中で印象的だったのが、「オーガニックはおいしくないと意味がない」という言葉だった。
福島会長はそれに続いて、以前と比べて米国での食事がおいしくなったという印象を述べていた。福島会長の講演の最後の部分と、その後のディスカッション部分を引用して、そのなぜについて考えてみたい。
以下、まずは福島会長の講演(最終部分)から引用する。
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(2) 率直な印象(米国の視察で感じたこと)
ツアーに行ってみて感じたのは、アメリカも食べ物がずいぶんおいしくなったな、ということだった。昔は、どこへ行っても、何を食べても、まずかった記憶がある。今回は、何を食べてもおいしかったし、楽しかった。
やはり、時代の流れと言うか、社会が進むと、こうなるのか、と感じた。20代の若い人たちが、あちこちでがんばっていた。僕としては、Rainbows がいちばんよかった。
ウォルマートは、割れた商品が床に散っているのに、なかなか片づけられず、売場が乱れていた。
ホールフーズは、店によって、だいぶ違うようだ。オーガニックの表示やサインは、リアルにわかるものもあるが、よくわからないことも多かった。
結局、全体で大きなルールはあり、それは守っているが、個々の店はかなり勝手に取り組んでいるようだった。オーガニック一辺倒の店もあるが、売場は結構乱れていて、プラムが腐っていたり、萎れたごぼうが置いてあったりした。管理の悪いところもたくさんあったが、それでもそれなりに売れているようだった。
3 オーガニックは、「おいしい」ことが大前提
日本も同じだが、有機のルールは、生活者にはわかりにくい。有機認証が付いていれば、どれほど信ぴょう性があるのか。お客様に聞くと、「付いてればまあいい」という人もいれば、「あまり気にしない」という人も多い。あまり、アドバンテージにはならないのではないか。
(中略)
オーガニックは、健康に生きるために必要だが、結局は「おいしい」ということが大前提だ。「おいしい」というのは何か、福島塾でこの間議論したが、いろいろな答えがあった。ロジカルに考えると、ほんとうに「おいしい」ということはわかっていないが、ずっと突き詰めていくと、「オーガニック」ということになるのではないか。
福島屋のスタイルは、「なるべく足さない」ということだ。アルケチャーノの奥田さんとも話したが、素材が良ければ、調味料も足さなくていいという話になった。そこが、オーガニックのポイントで、健康にも環境にも貢献度が高いだろう。そういうこと全体を含めて、おしゃれでおいしい、ということだ。おいしいということを外すと、おしゃれではなくなる。
おいしいということで、高温殺菌の例を挙げる。牛乳の低温殺菌は認められているが、日本では事例がないと言われている。しかし米国で飲んでみると、おいしかった。ミカンジュースやリンゴジュースも、農家で飲んだジュースはおいしいが、直売所やスーパーでは、高温殺菌しているので、みなまずい。加工場に連れて行ってもらうと、冷凍でも、微生物が死にきれないから駄目だという。そこを、どうリアルにおいしく提供できるかが、僕の考えているオーガニックだ。
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*この後、セミナー参加者との討論になった。わたしは、30年前の留学中、笹井さんと福島さんが見たカリフォルニアに住んでいた。サンフランシスコやバークレイ(とくに、エスニックスーパーの「バークレイボール」)の写真は懐かしかった。チェーンストアの国で、いまだに2店舗はすごい!と思った。
さて、議論は、つぎのように展開していった。最初にわたしがお二方の講演にコメントしてから、ディスカッションに移って行った。
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1 コメント(小川教授)
(小川教授) 私は、ここ数年、米国に行っていない。日系のBerkeley Bowl へは30年前、バークレーに住んでいた頃には、毎週行っていた。当時から絞ってジュースを買っていた。当時は1店舗だった。30年経ってみて、まだ2店舗にしかなっていない。
米国には行っていないが、トレンドだけはウォッチしている。1か月前、日経MJに、米国のオーガニック市場についての記事が出ていた。ホールフーズが低価格店を始めたということ、また、コストコが全米のオーガニックのシェアの11%を占め、ウォルマートを抜いたという内容だった。ウォルマートとホールフーズの他に、最近コストコが加わった。
ホールフーズが低価格店を始めているということに、私は驚いた。オーガニックのマーケットが、ある意味、飽和したからだ。何となく健康、安全という「ライフスタイル店舗」として展開してきたが、すでに5,000億円近く売り上げ、ある所得階層のマーケットを刈りつくしてしまった。その後は、ミドルから下の階層に伸びていかざるを得ない。
株主からのプレッシャーもあり、企業としてはつねに成長していかなければいけない。 それで、たぶん、低価格路線も進めることになったのだろう。
米国では、オーガニックでコストコがホールフーズを抜いてしまったことも、注目すべき変化だ。先ほどの笹井さんの話の中で、コストコのSKUは4,000で、日本のコンビニ並みだというデータが出てきた。
コストコやトレーダージョーズのように、アイテムを絞り込んだ方が、バイイングが楽 だ。福島屋さんの場合、福島さんが産地に赴いているうえ、扱うアイテム数が少ないので、物の作り方や材料などが見えやすい。これが数万アイテムになると、わからなくなるだろう。
私の解釈だが、コストコもトレーダージョーズも、福島さんの会社も、バイヤーの調達力が高いのではないか。それが、企業としての強さにつながっている。バイヤーが社内でトレーニングされていて、世界や国内中を飛び回っている。それができるのは、SKUを絞っているからだ。
ホールフーズはさらに大きくなろうとして、安いものに突っ込んでいくが、それはあぶないのではないか。ウォルマートとホールフーズは、商品を絞り込めなくなっている。これから、ビジネスは厳しくなるのではないか。
2 ディスカッション
(1) 米国の食物が変わった
(徳江氏)ディスカッションに移りたい。
(小川教授)まず、私から質問がある。福島さんが最初に、米国人が食べるものがおいしくなったとおっしゃった。僕が、Berkeley Bowlに、毎週通っていた理由は、他ではおいしいものが手に入らなかったからだ。日系人の店で、お醤油もマッシュルームも多かったし、魚も寿司のネタが買えたので、あの店に行っていた。ただ、当時の米国人は、寿司について、あまりわかっていなかったようだが。
(福島氏)なぜおいしくなったのかは、よくわからない。豆腐など、日本人の淡白な味というのに興味があるようだ。文化として、層がいろいろで、生き方の豊かさという価値のところに、おいしさというポジションが入っているのではないかと感じた。
(小川教授)30年前、アメリカ人が食事する姿を観ていると、「エネルギーを食べている」という印象だった。マクドナルドのように、ガソリンを買うように、短い時間で食べ物を買って、食べていた。アメリカのステーキなどは、実際には硬くて食べられないくらいだった。今は、米国人も、欧州や日本のように食を楽しむようになった。
(笹井氏)私も、アメリカの食が変わったという印象を持っている。米国人は、5年、10年前は、外食は「誰と」「どう」食べるかが大事で、「何を」食べるかについては、あまり関心がなかったようだった。その意識が変わり、何を食べるかも重要になった。昔は何を食べても同じ味だったが、今は味が少しずつ使わったという印象を持っている。
(徳江氏)昔は、アメリカだけでなく、ヨーロッパもおいしくなかった。ドイツや、イギリスなどは、特においしくなかった。
しかし、数年前にヨーロッパに行ったら、食べ物の味がよくなったという印象があった。 現地の人に聞くと、イタリア料理が入ってきてレストランができ、他の食事もおいしくなっていったということだった。和食もできでいる。味に対する感覚が、世界的に動いてきたのではないか。
(福島氏)日本の食は、基本的においしかったので、オーガニックの普及も遅れたのではないかと思う。
(徳江氏)中国でオーガニックが非常に伸びているのも、同じような理由なのかもしれない。
(2) なぜ、Non GMO(非遺伝子組換え)の表示が増えているのか?
(小川教授)福島さんへの2つ目の質問だが、なぜ、非遺伝子組み換え表示が増えているのか?
(笹井氏)どこのスーパーも、確かに、Non GMO表示が増えた。しかし、なぜかはわからない。
(徳江氏)私は、毎週『オーガニック通信』を出しているが、米国の遺伝子組み換え品反対の動きは、最近、特に急速に盛り上がっている。
(小川教授)アメリカは、独占に対して厳しいところがある。モンサントなどが作っている遺伝子組み換え品しか僕らが食えない、生存を首根っこで押さえられていることに対して、アメリカ人は、直感的に警戒しているのではないか。種の独占を避けるということだ。また、舌もよくなっている。
(徳江氏)売場があれほどローカル主流になっているとは、私は想像していなかった。非遺伝子組換え、在来種、多様性ということが、意識されている。多様なものをトライしたいという気持ちになっているようだ。
(会場・山口氏)小川先生のおいしくなったかという質問と、GMOの質問は関連あるのではないか。普通のカフェでも、パンがおいしくなった。肥満がものすごく増えているし、健康被害についての防御本能がある。食もおいしさにめざめた。
(3) スーパーフード、サプリメント
(会場・ロータスリーフ・女性)米国に住んでいる友人などに聞いたり、日本の有機輸入食品を扱っている店、コスメキッチンなど見ると、アサイーやチアシードなど、スーパーフードがキーワードになっている。オーガニックは当たり前で、それに機能性を強化したものが増えている。これは、ローカルとは反対の方向だ。
CSPA(Center for Science in the Public Interest, 公益科学センター)というところが、栄養表示や機能性表示の調査をしている。グラム当たりの栄養をスコア化し、可視化している。価格当たりで、栄養をどれだけ取れるかもわかる。どれだけ効率的に栄養を取るかということは、日本でもこれからトレンドになるのではないか。
(福島氏)お客様と直面する立場として言うと、スーパーフードの要望は確かに出ていて、論点になっている。僕は、わりと消極的だ。トレンドやブームは、それはそれでいい。ただ、僕は一過性のものだと思う。
(笹井氏)アメリカの売場では、チアシードなども一般的に量り売りされ、当たり前のように買われている。また、アメリカでは、栄養補助食品が発達している。体や精神の悩みのケアにも、スーパーで、サプリなどが売られている。
(徳江氏)私は、25年くらい前、アメリカで自然食のミセスグーチなども見たが、その頃すでに、サプリメントの売場がすごかった。アメリカは、健康保険制度が整備されていないので、健康を自分で管理しなければいけない。それで、サプリメントを取り入れた生活スタイルが多いという説明を聞いて、納得した覚えがある。
(小川教授)ホールフーズも、今はどうかしらないが、かつては、サプリメントの収益が大きかった。サプリメントは粗利が高く、特にPBでやれば、すごい利益率になる。本当の収益は、サプリメントで上げているという話を聞いたことがある。
(4) 業態の変化
(会場)日本のオーガニックは、今後どうなるか?30年くらい自然食の店を見てきたが、一時は5,000店もあったのに、今は1,000店くらいしかない。自然食の店は景気が悪いが、オーガニックはアメリカでは伸びている。日本は、米国を見て追随するという話もあるが、オーガニックでは格差がどんどん開くばかりだ。米国では、自然食の店は、ホールフーズに置き換わっていった。自然食の店はなくなり、違う業態に変わるのだろうか?
(福島氏)結局は、お客さんの都合のいいように変わっていくだろう。オーガニック野菜や、自然食みたいでないとか、気持ち悪いという気分的なものも含めて、いいように変わっていくだろうと思う。
都市部と地方とでは、スタイルは違うが、共通項はどこかで生まれて、社会的現象は変わり、日本はこうだねということになるのではないか。飽きず懲りず、食べながら作っていけば、それが価値になっていくのではないか。
(小川教授)アメリカのような大きな国で、なぜローカル調達になっているのか。店内加工したり、御客さんにもセルフで、「世界にたった1つの自分のサラダ」のようなものが作れるようにしている。オーガニック的なものはもともとは運びにくいが、近いところから運んでくるなら、流通も可能である。無理しなくても、世界のトレンドは我々に向かっていると、福島さんは言いたいのではないかなと思う。
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<わたしの再解釈>
*議論で重要な論点は二つある。
(1)美味しさの基準が変わった
(ディスカッションでの)小川の指摘の通りで、30年前の米国人は、食事を、「エネルギー」(炭水化物、糖分、脂質)や「建材」(アミノ酸、タンパク質)や「ビタミン、サプリ」(微量補助要素)としてとらえていたと思う。笹井さんの言うように、誰とどこで食べるが大切で、何を食べるかについては、わりに無頓着だった。
肥満の問題もあって、いまは食事に気を使うようになった。油脂や塩分にしても、ずいぶんと好みがたんぱくになった。醤油とわさびをたっぷりかける寿司食は影を潜めている。和食の影響だと思うが、低カロリーで低脂質の豆腐や魚、米に関心が向いている。
同時に、BSE問題を経て、食材の素性に注意深くなっている。もともと米国は、性悪説の社会である。信頼と安全は、金で買うものだった。日本は、性善説で成り立っている国だから、信頼は当然で水と安全はタダである。
そんなわけで、素材を生かした食事を食べるようになれば、当然のことながら、舌の感度はよくなる。脂っこいシーズニングや合成甘味料なども使用しないわけだから、素材を直に楽しめることになる。味に対する価値観の転換である。そして、米国人も年老いてきている。
(2)食材の供給方法
農産物や加工食品の鮮度を保つために、米国のフードビジネスは、冷蔵・冷凍技術を発達させた。もともとが国土が広くて輸送距離が長いことと、米国食品メジャーが食材のグローバル調達を加速させたからである。副産物として、保存剤が開発され冷蔵技術が向上した。
しかし、食材の輸送と在庫保管で失われるものもある。たとえば、香りや舌触り(テクスチャー)の良さである。そして、日本の場合であれば、それは、旬の考え方だ。ほんとうに美味しく食べるためには、その場でなるべくすぐに、野菜や果物や魚がもっとも美味しくなる時期に食することである。
なるべく食材には余計な手を加えず、運ばないことがいちばんなのである。そのことに、米国人も気がつき始めている。なぜなら、おいしさが何たるかを知り始めたからである。米国におけるCSA(コミュニティ支援型農業)やオーガニックの普及は、そうして環境変化によるものである。
余談:日本人の舌はどうか?
逆説的になるが、福島さんが指摘しているように、日本人の舌は、もともとハンバーガー文化の侵略によっても破壊されてはいなかった。洋食が入ってきても、和の素材でおししいもの食べる文化が廃れたわけではなかった。
この辺の事情は、辻中俊樹氏の『マーケティングの嘘』(新潮新書)に詳しい。若い母親も、自分の子供たちに、「ご・ま・は・や・さ・し・い」(ごまや豆などの和の素材)を食べさせているのである。
世界文化遺産などと言わなくとも、和食は世界を席巻しつつある理由である。おひざモノでも、残体的な食の風景は崩れていない。昨日、NHKで昼のお弁当番組(サラメシ)を見ていた。そこに登場するお弁当(奥さんが製作)は、レンコン、煮豆、ヒジキ、魚のすり身などである。
登場人物は、ふつうの主婦の方である。皆さん、和の基本食材を上手にアレンジしていた。フランスで、「OBENTO」がブームになることにも、素直にうなずけるのである。