静岡サテライト通信#5: キャベツよキャベツ、作りやすさより味が優先、産地は全国に分散

集中授業を受講している学生に、石井さんという女性がいる。サカタのたねの元社員で、駿河区池田にある石井育種場に嫁いで、いまは4児の母である。石井さんが「マーケティング実行論」を受けることになったのは、先々週、静岡サテライトでわたしのセミナーを聞いたことがきっかけだった。



 静岡サテライトの公開セミナー(5回連続)で、一回目をわたしが担当した。そのときのテーマは、「食の製造小売業:ローソンファームと福島屋」だった。
 よくよく話を聞いてみると、ご主人はキャベツの育種家で、わたしのことを知っているらしかった。セミナー終了後に、石井さんが政策創造研究科の一年であることもわかった。そして、わたしの夏季集中授業(実行論)を受講したかったが、タイミングを逃して登録に間に合わなかったことが判明した。
 それならば、とりあえず「聴講生」として参加してみてはどうか? わたしからの教唆で、月曜日(8月3日)から、石井さんは「もぐりで」マーケティング実行論の授業とフィールドワークに参加している。「ついでに、ご主人を授業参観に連れて来てください」と水を向けてみた。やさしい口調ながら、かなり強引にではある。
 本音のところを言えば、ご主人がキャベツの育種家だと知ったことがポイントだった。石井さんが授業中に、「松波」というキャベツの品種が、関西で売れていることを話してくれた。興味深かったのは、お好み焼き用として珍重されていることだった。その実態を、ご主人から直接に聞いてみたいと思った。

 昨日、ご主人の石井和広さん(石井育種場、4代目社長)が、静岡サテライトの教室に現れた。
 見覚えがあるお顔だと思ったら、幕張メッセで開かれているIFEX(国際フラワーエキスポ)に、4~5年前に出展してくださっていた。埼玉県本庄市で「葉ボタン」を栽培している小川正さん(元JFMA会員)の仕事仲間で、セミナーがまだ表参道の「こころ庭」で開かれていたころ、小川さんと一緒にJFMAのイブニングセミナーに参加したことがあったという。
 昨日の授業は、「商品開発の方法」(小川担当)と「商品開発の実際」(杉山担当)だった。わたしが商品開発の典型的なプロセスを説明したあと、杉山君(販売促進研究所)が、「バリ勝男くん。」の事例を具体的に説明してくれた。そして、授業の後半戦は、「バリ勝男くん。をおみやげとして買ってもらうために、アイデアを考えてください」が課題として与えられた。
 二組に分かれた7人の受講生からは、いろいろがアイデアが出された。たとえば、商品の形状をせんべいのようにするとか、小分けのテトラパックに包装を変更することなど。学生が発表している間に、石井さんの旦那さんは、教室で終わるのを待っていた。

 授業了後は、約束していた通り、やきとり居酒屋(金乃鶏)で「キャベツ育種の取材」になった。
 授業をはじめる前に、静鉄グループのスポーツクラブ「ホーク、ワン」で16.5KMを走っていた。かなり喉が渇いていたので、失礼ながら、アルコールで喉を潤しながらのインタビューになった。
 40~50分の長い取材で、石井さんにはもっと詳しく聞いているのだが、ここでは内容を簡単に要約しておく。

1 日本のキャベツ市場
(1)栽培面積と出荷量(生産出荷額)
 栽培面積は、全国で3.6万ha(推定)。愛知県(渥美半島)がトップ(4千ha)で、群馬(嬬恋、3千ha)、千葉(銚子)などがそれに続く。これまで、キャベツの生産は「有力産地」に集中していた。これが、わたしの予言どおりに「分散型」に変わりつつある(理由は後述する)。
 面積当たりの生産性は、5万本/ha。栽培面積と掛け算をすると、日本全体では、キャベツは約18億玉(1ケース8玉=10KG+α)生産されていることがわかる。成品率を80%(畑での製品ロスが20%)とすると、出荷玉数は、約14億玉になる。
 カット野菜用のキャベツ(業務用)は、標準価格が1玉で50円前後。スーパーなどで売られるキャベツの小売価格が、1玉100円くらい。だから、小売ベースで換算すると、キャベツの市場規模は、約1400億円になる。業務用の比率が上がってきているので(要調査)、出荷額はその半分で約700億円と見積もることができる。

(2)キャベツの種子市場
 キャベツは、アブラナ科の植物である。種子の供給は、上位5社で寡占化されている。トップはタキイ種苗(30%)で、サカタのたね(20%)、カネコ種苗、マスダ(磐田)、石井育種場(10%)と続く。日本全体で販売されているキャベツの種子は、約22億粒(80%の発芽・成品率)。
 販売形態は、業務用(農家用向け)は、缶(20ml、2千~4千粒)での販売(ペレット状の製品もある)。家庭用は、袋(1.5ml、160粒)である。意外にも、ホームセンターなどで家庭向けの種子が売れている(石井さんのコメント)。
 農家側からすると、出荷額に占めるキャベツの種子代金は、約2.5~3%になる。なぜならば、種子代は1本(粒)で約1円、出荷金額は1玉50円。キャベツの種子市場の全体は、20億円強であると推定できる。

2 キャベツのこと
 (1)キャベツの品種特性
 石井育種場が提供しているキャベツの品種は、約40種類。いま売れているのは、意外に古い品種である。
 たとえば、石井さんの奥さんから話題提供があった「松波」は、昭和50年(1975年)発売。関西のお好み焼きでブームになった品種で、卸市場が中心になって「松波の会」が組織されている。ご本人たちは、まったく関与していない自立的な組織である。「松波」の品種特性は、外葉が大きくて、加熱するとコク(甘み)が出ること。生のままでも、加熱してもやわらかい。作りにくいことが欠点だが、市場から指名買いされるので、通常の品種より20%は高く売れる。
 主力ブランドの「岳陽」は、群馬県(嬬恋)を中心に栽培されている。「食感がやわらかい」という性質を持っている。関東では、柔らかいキャベツが好まれる傾向があるからだ。嬬恋の農家は比較的大規模だ。標準の栽培面積が5ha。7月から10月まで、4ヶ月で生産出荷を終える。そのため、①玉の揃いがよいこと(収穫の効率重視)、②キャベツを畑に長く置いておけること(在庫性)、③病害虫に強いこと、が種子選択の重要な基準になる。

(2)要求される品質
 ところが、近年は事情が大きく変わってきている。石井さんによると、「かつては固めのキャベツが好まれていたが、それは、作りやすかったり、加工がしやすかったり、運びやすかったりいう供給者側の都合によるものだった」。いまは、管理がむずかしいが、やわらかくて美味しいキャベツが消費者に好まれるようになった。そうした品種は、往々にして作りにくかったり、加工がむすかしかったりする。
 「やわらかかったり、揃いがわるいと加工はしにくいが、それは加工機械の工夫でどうにでもなる」(石井さん)
 また、鮮度保持技術が高まったとはいえ、やはり物流コストがかかるのと加工までのリードタイムは長くなる。畑にではなく、なるべく加工場に近いところで栽培したほうが有利なのだ。

(3)産地の分散傾向
 したがって、これまで3大産地に集中していたキャベツ生産が、全国に分散し始めている。先月、わたしたちが、ローソンファーム千葉を訪問したときも、その兆候を感じ取ることができた。物流コストの優位性によるものだが、それだけでもない。
 たとえば、静岡のカット野菜工場(7&iグループに供給)では、それまで北海道でかぼちゃとジャガイモを作ってきたが、キャベツに関しては地元でも作り始めている。集中的に加工するためである。おそらくこの先は、カット野菜の供給がさらに増えるだろう。業務用についても、鮮度に加えて味が重視されるようになる。

3 結語
 結論である。キャベツに関しても(たぶん、レタスや大根、人参などについても)、品種改良の未来は、これまでの生産と加工の効率重視から脱する必要が出てきている。それと、多様な用途に対して細かな品種改良が求められている。消費者ニーズは多様化している。
 いったん大規模産地に集中していたキャベツ生産も、30年前に戻って、全国的に産地が分散し始めている。逆戻り、先祖がえりの現象である。しばらく続いた、効率重視で「輸送園芸一辺倒の時代」が終わりかけているのである。石井さんは語る。
 「気候変動の影響もあって、その昔に作っていた産地がキャベツを作ろうとしても、作れなくなっているんです。しかも、美味しさをますます要求されます」(石井さん)
 そうなると、品種供給においても、もっと細かな対応が必要になるだろう。キャベツの品種改良に関しても、おもしろい時代を迎えている。昨夜の印象だった。