このごろ、とても気になる数字(=10%)に出くわすことが多い。主要な食材の「一社購入集中度」についてである。手元に正確なデータがないので、確かなことは言えないが、たとえば、「日本で消費される鶏卵の10%は、食品メーカーのキューピーが使用している」など。
同じことは、「日本のレストランで消費されているレタスの10%は、マクドナルドが使用している?」(徳江倫明さん、近刊)や「トマトの約10%は、カゴメが購入してケチャップやジュースに使っている」などである。
たしかに、吉野家も、米国産牛肉の特殊部位を独占的に使用したはずである。わたしなども拙著(マクドナルド本)のなかで、米国マクドナルド社が、大量の牛肉やジャガイモを買い付けしている例を紹介している。この場合は、10%などという謙虚なシェアではない。もっと完璧に価格をコントロールできる量だったように記憶している。
もちろん、以上の三品目について、特定の会社(カゴメ、マクドナルド、キューピー)が10%を超えるシェアを握っているかどうかについて、確たる根拠(シェア辞典、参照)を持っているわけではない。すべて友人たちからの伝聞である。
しかしながら、「10%」という数値にこだわるのは、それ相応の理由がある。かつてカリフォルニアでキクやユーカリ、のちには、ミニ胡蝶蘭を作って「フラワー長者」となった日系1世のアンディ松井のこと(著名証券アナリスト、キャッシー松井の実父)を思い出したからである。
10数年前に、サリナス(米国カリフォルニア州)に取材に行ったとき、インタビューでアンディから言った言葉が忘れられない。
「小川せんせい、(マムで)全米のシェアを10%握れば、マーケットで価格がコントロールできるんですよ」。ときには大ぼらを吹くアンディだが、この話に嘘はないだろう。
1970年代の一時期、松井氏はキクの全米シェア10%を持っていた。その後に、ユーカリ(プリザーブ)でも20%~30%のシェアを握っており、供給量と価格を同時にコントロールしていた。胡蝶蘭も同じ論理から、このひとは大きなスケールでギャンブルに出る。つまり数量で圧倒して、マーケットを総取りする戦略である。この手法の大前提が、調達面での資材の独占と販路の確保である。
ところで、この戦略が機能するには、法的な自由がつぎなる前提条件になる。農業分野がそれに該当していることにお気づきだろうか。野菜や花の市場では、独禁法が適用になったという話を聞かないからである。(国内)独禁法の規制から、農業は遠い産業である。つまり、伝統的な経済学の理論では、農業部門は純粋競争が成り立っているという幻想があるからだ。
ところが、花(菊やラン)の市場に限らず、トマトやレタスや鶏卵のマーケットでも、買い手寡占は実際に起こっているらしいのだ。この意味するところは、つぎのような推論をもたらす。
たとえば、遺伝子組み換え種子会社の「モンサント」のように、農業分野で種子や技術や資材を独占できたとしたら、収益性がけた違いに高くなることが期待できるのだ。かつてのモンサントは、除草剤のラウンドアップで市場を独占していた。いまは、DNA操作種子で同じたくらみに半ば成功しつつある。
同様な傾向は、遺伝子組み換え技術の特許を通して原材料の供給独占を可能にする。それが、さらにはトマトやレタスや牛肉のコントロールにまで川下に降りて行ったならば。これは、けっこう怖い話になる。
いまは食料が過剰気味だが、自然界は移ろいやすい。一つの技術がひとつの種が、わたしたちの未来を縛ることになるかもしれない。そのまえに、もっとも耐病性と収益性が高いと言われているがゆえに、人類を救った恩人のジャガイモやトマト。どちらもナス科の植物である。
その種子や栽培技術の独占がもたらす結果は、思いのほか、模倣可能なハイテクIT技術より、事業としては競争優位性が高いのかもしれない。マジックナンバーは、シェア10%である。