ちょっと愉快な事件が起こった。昨日、日持ち保証販売の検討委員会(法政大学大学院)の流れで、市ヶ谷駅前の”To The Herbs”で、菅家博昭さんご夫妻(旧昭和花き研究会)のお祝いの会が開かれた。その席上でのこと。榎本バラ園さん(雅夫さん)が、朝日新聞の切り抜きを持参してくださった。
3週間ほど前(3月1日)に、朝日新聞で紹介された拙著の書評である(下段に貼りつけ)。わたしはてっきり、榎本さんが書籍を差し出して、扉かどこかにサインを依頼されるものだとばかり思った。ところが、榎本さんが後生大事にカバンから取り出してきたのは、朝日新聞の切り抜きだった。
しかし、その切り抜きをわたしに示して、書評を読んだあとの感想を解説し始めた。拙著は購入していない。それはそうかもしれない。先週の日曜日(3月8日)に日経新聞に書評が出てからは、オンライン書店では在庫切れになっている。
リアル書店でも、いまは補充が間にあわなくなっている。大手書店の店頭にどかん!と平積みになっていなければならないタイミングなのに。
さて、榎本さんのコメントは、「書評を見たら、だいたい(本の内容が)わかりますよ」。
「えっ?本にじゃないんですか?」とわたしのリアクション。
「先生の(本)は、数字がたくさん出てくるのだとばかり。でも、そうじゃないみたいで、、、」
参ったなあ。榎本さんの周りの数人は、すでにマック本を読んでいる。そのひとたちは、にやにや笑っている。というのも、拙著は、マクドナルドの財務諸表、販売関連データ、調査報告書の類から、数字の抜粋のオンパレードだから。
榎本さんは、拙著を読んでいない。内容がわからないまま、書評からの想像で感想を述べている。しかし、この事実を笑ってはいけない。考えてみれば、世間一般の評価は、新聞社の書評欄が決めてしまうのである。この現実は、書き手にとっても出版社にとっても重たいのである。
日曜版の書評を読んだ人たちのうち、何人にひとりが実際に本を購入してくれるだろうか?
「日本ABC協会」がまとめた2014年下期(7~12月)の平均販売部数は、産経新聞が161万5209部(前年同期比0.1%減)、日本経済新聞が275万534部(同0.9%減)、毎日新聞が329万8779部(同1.5%減)、 朝日新聞が710万1074部(5.9%減)、読売新聞が926万3986部(6.1%減)となっている。
拙著の書評が日経新聞に掲載されたのは、3月8日である。午前中の数時間で、アマゾンの在庫は払底した。4日後には、「在庫補充の見通したたない」との表示に切り変わった。とはいえ、店頭在庫(推定3000部)は十分にあったはずである。
推測するに、日経新聞の発行部数275万部に対して、予約を含めて販売が3000部だとすると、約千分の1の確率となる。この比率はかなり高い方だろう。というのも、日経の書評欄は、ランクAの位置に掲載されたからである。ふつうの反応は、万分の一くらいなものだろう。
それに対して、日曜版の書評欄を一瞥する読者の割合(閲読率=接触率)は、30%くらいはあるだろう。日経でいえば、約80万人、朝日でいえば、なんと250万人!両新聞を合わせて、330万人が、拙著『マクドナルド 失敗の本質』を”読んでしまった”のである。
新聞やネットの書評欄が、その本の世間的な評価を定めてしまっている。これが本に対する世論形成の現実である。
さて、わたしの本の書評は、両新聞ともにおそらく「A+」のランクである。日経にいたっては、ありがたいことに、「S級」の評価だった。どんどん売れてしまうわけである。
というわけで、わたしは、わざわざ切り抜きを持参してくださった榎本さんに、お礼の意味で「サイン」を申し出た。ただし、新聞の切り抜きの「空欄」にである。生まれてはじめて、新聞の切り抜きにした署名は、摩訶不思議でユニークな儀式になった。周囲は大爆笑である。
来週早々(3月23日)には在庫が補充になる。もう読んでしまったつもりになっている榎本さん、本の現物を購入してくださるかどうかは保証の限りではない。しかし、著者から書評欄の切り抜きに「サイン」をもらった事実は残る。そのことを、千葉県の農家さんの誰彼になく話してくださるだろう。
榎本さんは、技術のあるバラ生産者で、発言に影響力があるオピニオンリーダーである。わたしのサインはきっと波及効果を生むだろう。
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マクドナルド 失敗の本質 [著]小川孔輔
[文]清野由美(ジャーナリスト) [掲載]2015年03月01日
著者:小川孔輔 出版社:東洋経済新報社 価格:¥ 1,620
■金融市場優先で現場を無視
マクドナルドを日本の国民食にしたのは、藤田田(でん)氏という稀有(けう)な経営者だった。そのブランドを、晩年の藤田氏は格安化路線で失墜させる。日本マクドナルドがマイナス成長に陥っていた2004年、社長に就任したのがアップルコンピュータジャパン社長を務めていた原田泳幸(えいこう)氏(現ベネッセHD会長兼社長)。彼はアメリカ流経営への回帰で奇跡のV字回復を果たす。
その成功の最中に原田氏の講演を聞いて、彼の唱える復活戦略が「根本的な解決策どころか(略)危険な賭けに思えた」のが、経営学を研究する著者だった。懸念通り原田マクドナルドの業績は、在任中最後の3年間で悪化の一途。不祥事も続出して、ブランドは再び失墜する。
本書では、原田経営の軌跡を詳細な数字からたどって、原因を追究する。失敗の本質を端的にいうと、金融市場での評価を何より優先し、短期的な数字のために、品質・サービス・清潔度・値打ち感という現場の原則をないがしろにしたことだ。ゆえに健康・快適を重視する21世紀市場へのきめ細かな対応も、ライバルに遅れた。昨年、原田氏は新社長に転じたばかりの会社で個人情報流出のおわび会見にも追われた。「数」を追ってよしとした20世紀型経営が、すでに賞味期限切れになっている。
東洋経済新報社・1620円