「劇団四季」@あざみ野、稽古場の廊下で浅利慶太代表とすれ違う

 廊下が薄暗かったせいもあって、ご本人だとは気がつかなかった。暗闇からぬーっと出てきた劇団関係者(と思ったその人)に、わたしは軽く会釈をした。すれ違ってから、案内役のYさんが、「あの方が浅利さんですよ」。後ろを振り向いたが、ダウンにチノパンの人はすでにドアの向こう側に。しまった!



 せっかくだから、今回の企画「CSは女子力が決める!」の説明をしておくんだった。「佐々木(典夫)会長の同郷の人間で、取材や講演ではいつもお世話になっています」くらいは、話しておくんだった。”後の祭り”とはこのことだ。
 浅利さんと廊下の暗がりで目があったのだが、どこか声をかけにくいところがあった。わたしの直感である。
 
 昨日(3月4日)、自宅のある北総開発鉄道・西白井駅から電車に乗って、四季の稽古場がある東急田園都市線・あざみ野駅までは約二時間かかった。千葉から東京を横断して神奈川(横浜市)まで行ったことになる。
 距離的にはかなり遠いのだが、乗り換えは、半蔵門線の東京スカイツリー駅(押上駅)で一回だけ。二時間たっぷり電車に乗っている間に、つぎに書評をする予定の福島徹著『福島屋:毎日通いたくなるスーパーの秘密』日本実業出版社を半分読んでしまった。そして、4月のゼミの課題図書にすることに決めた。
 東武線で車両故障があり、あざみ野駅に着いたのが午後4時2分。約束の時間にすでに遅れている。悪いと思ったので、駅前からはタクシーにした。運転手さんに聞くと、歩いて5分のところだという。「近すぎて、すいません」と謝ることになった。

 劇団四季の本館(芸術センター)は、駅前の通りから少し入った小高い丘の上にある。建物はコンクリートの打ちっぱなし。一階が稽古場で、A~Eまでの5つの部屋で区切られている。その他に、東と西にそれぞれ5~10個の個人練習部屋がある。ダンスなどの練習スタジオも併設されている。本館の玄関からは細い道を挟んで、テラスからは眼下に白い建物が見える。
 「坂の下に旧館が見えますよね。あそこに、技術スタッフや役者さんが常駐しています。こことは別に稽古場もあります」(Yさん)。
 劇団四季は、全国8か所に専用劇場を持っている。東京に5か所、それと札幌、大阪、名古屋。公演がある間、スタッフは地方で「生活」している。それ以外に、稽古や上演の準備が必要な役者さん(50~80名)と研修生(約30名)および技術スタッフがあざみ野に住んでいる。役者さん(600名)やスタッフ(500名)の多くは、田園都市線の沿線に住まいを借りているらしい。

 案内係の女性の話だと、「ほぼ毎日、浅利代表は仕事場にやってきます」ということだった。稽古のあるなしに関係なくらしい。田園都市線の沿線に家があるのだろうか。1933年の生まれだから、今年で81歳のはずだ。
 廊下ですれ違う前は、わたしが個人的に懇意にしてもらっていた故渥美俊一氏(ペガサスクラブ)や藤田田氏(マクドナルド)のような風貌だと思っていた。瞬間的に実物を見た印象は、もっとスリムで知的な感じだった。
 ご自分の車を運転して稽古場に通っていそうな感じの服装をしていた。たぶん愛車はベンツだろう。「エビータ」の舞台を見たので、奥様の野村玲子さんは、白いベンツの助手席が似合いそうだった。勝手に想像してしまう。
 昨日は、施設(稽古場)の見学だけだった。外国人(中国人か韓国人)の役者さんのインタビューは、別途に予定させてもらっている。稽古と公演の日程をあわせることがなかなかむずかしいそうだった。

 取材に来たメディアの方たちが立ち止まる場所に、わたしも釘付けになった。
 ホールの壁に筆で大書されている。上から縦に力強く殴り書きされた文字は、「慣れだれ崩れ=去れ」「一音落とすものは、去れ!」。
 さらには、「俳優心得(歌志望心得)」「俳優心得(ダンサー指導心得)」「俳優心得(俳優指導心得)」の3つのジャンルに分けて、細かく指導のエッセンスが書かれている。これを、毎日、歌手やダンサーや俳優志望の若手が読むことになる。
 毎日公演があるから、役者さんたちは、つい慣れて演技がだらけてしまう。そうなったら、「ここからは出ていけ!」と言っているのである。
 
 体育館風の吹き抜け部分に、A2くらいの紙が数枚、連絡掲示板のボードに張り付けられていた。すべて手書きである。原寸はA4だったものを、コピーで2~3倍に拡大してある。「稽古報告書」とある。稽古中の演技に指導者がコメントしてある。
 その他に、舞台への動員記録の実績が、「実績」と「キャパ」との比率が掲示されていた。最近は興業実績が良いのか、平均の客席稼働率は、80~90%で推移している。劇団四季の仕事は、「演劇(ミュージカル)の公演で」あると同時に、「観劇の事業」でもあるのだ。
 隣の掲示板には、前日ネットから入ってきた観客のコメントがリストアップされている。すべて生の声である。この場所にいるひとたちに、厳しい現実を文字と数字で伝えている。