「ソーシャルメディア時代の広告効果研究」(共同研究プロジェクト)をはじめます!

 「ソーシャルメディア環境下でのマス広告の効果研究:複数メディアの広告伝播モデルによるシミュレーション実験とメディアの受け手である視聴者の行動分析」をはじめます。9月に法政大学で開いたミニシンポジウム「広告の今と未来を考える」の具体的なリサーチバージョンです。二年後の書籍化が目標になります。

 <プロジェクトの起案書>
  この起案書をもって、広告研究プロジェクトに応募します。300万円の予算なのですが、本当は資金がそれくらいでは足りません。それでも、おそらくはこのテーマは、広告メディア業界でいま最もホットな話題ではないかと思います。
 実務の関心の高さに比べて、アカデミズムの世界では、このような現代的かつ大がかりなリサーチに取り組む研究者がとても少ないよう感じます。だから、あえて真っ向から勝負してみたいと考えます。

1. プロジェクトの背景と目的
  2013年秋より、「日本マーケティング・サイエンス学会」の研究部会(法政大学)が中心となり、広告研究者、メディア・リサーチャー、広告代理店、クリエイターが共同で、「広告の今と未来を考える」というプロジェクトを組織した。参加メンバーは、研究者と実務家の混成チームで20人ほどである。
 法政大学で開催された「ミニシンポジウム(9月27日)」では、それぞれの立場から広告の今を分析し、広告のあり方について討議した。その中で、7人の発表者全員が共通して関心を寄せていたのが、「ソーシャルメディア(SNS)の普及がマス広告の視聴行動に与える影響」であった。SNSのインパクトの大きさを、それぞれが質的な側面と量的な側面の両方から議論した。
 ただし、各自が取り組んでいるリサーチ(視点の異なる多メディア研究)は、必ずしも精査されたものではなく、発表者個人の想いなどを含むものであった。

 本研究では、リサーチ的に分断されているように見える広告メディアの諸研究を統合し、ソーシャルメディア環境下でのマス広告の効果を、定性的な手法(観察法など)と定量的な方法(シミュレーション実験など)によって分析する。プロジェクトチームが取り組むサブテーマとしては、
 ①視聴者のメディア接触と視聴態度の形成(SNS環境下でのメディア体験)、
 ②マルチエージェント・ベースの広告効果モデル(シミュレーション実験)、
 ③テレビ視聴行動の操作実験(音声効果テストなどど)、
 ④SNSを想定したクリエイティブ研究などである。

 その上で、広告コミュニケーション活動に関与している4つのグループ(研究者からクリエイターまで)の多元的な視点を共同研究へ結実させるつもりである。

2.メディア視聴行動に関する先行研究
 本研究の背景を、最大の広告メディアであるテレビを中心に、もう少し詳しく述べることにする。
 消費者の手元にあるコミュニケーション・ディバイスが多様化することで、テレビ視聴は激減していると言われている。その中で、テレビCMも大きく落ち込むという議論が行われているが、テレビは現状でも最強のメディアであることに変わりはない。ソーシャルメディアとの相性も良く、テレビとの同時視聴が若者を中心に多く見られる。それを裏付けるかのように、テレビの視聴時間とソーシャルメディアの利用時間の関連性の調査では、「同時利用者」が2.6時間に対し、「非同時利用者」が1.9時間となっている。「同時利用者」の方が視聴時間も長いこと調査から明らかになっている(博報堂調べ)。
 本プロジェクトの中心メンバーである3人(小川、岩崎、中畑)は、2009年より4年間に渡って、テレビ視聴形態にかかわる共同研究を実施してきた。「インターネットによる定量調査(2009.9、13-49歳男女)」、「写真と記述による定性調査(2010.7、13-19歳男女、20-34歳女性)」、「視聴状況観察調査(2011.11、大学生男女とその親)」、「視線計測実験(2012.5、高校生男女、大学生男女)」の4つの調査である(小川・岩崎・中畑(2013)『日経広告研究所報』268号と289号に掲載) そこから得られた知見は、以下の5つであった。

1.パソコンをしながら視るなど、音をきっかけとして画面に視線を向ける「確認視聴」という形態の発見。①「チラ見視聴」、②「首振り視」、③「ひねり視聴」に3分類した。
2.「目はパソコン、耳はテレビの音」という視聴形態においては、画面に視聴者を向かわせるには音(種類や質)が重要であること。
3.とくに若者層においては、テレビ画面注視のきっかけは、笑い声、歓声、騒がしい音などの音である。一方で、目をそらすきっかけは、携帯メールや電話の着信、パソコンや携帯電話の閲覧などであった。
4.視線計測による停留分析では、テレビ画面への停留割合が60~80%程度の高停留層と、10~20%程度の低停留層の2タイプに大別された。
5.視線計測実験によって、低停留層は「チラ見」の集積でテレビ視聴を行っている。しかし、テレビ視聴への熟練によって番組の中身はほぼ理解していることもわかった。

 ただし、調査後に課題も多く残されていた。調査サンプルが少ないこと、調査サンプルが学生に偏っていること、実験の場が実際にテレビを視る環境と異なっていたことなどである。また、視線計測実験は、バラエティ番組のみにとどまっており、集中視聴が多いとされるドラマでの検証も課題であった。調査・分析の結果を踏まえ、調査実験の精度をあげて、対象やジャンルを広げる必要がある。
 そのために、今後の映像コンテンツ(番組、テレビCM)のあり方にも言及したい。コピー制作の現場に身を置いているクリエイターたちと共同研究を推進する意味がここにある。とくに、音入れの実験では、プロジェクトに参加してくれたクリエイターのコピーを利用してテストをすることになる。

3.複数広告メディアの伝播モデル研究(現在までの研究成果)
 われわれが取り組もうとしているもう一つの研究の流れは、木戸(法政大学)らのチームが推進してきた「ネット広告とマス広告の効果の比較分析」である。一連のシミュレーションモデルを用いた研究は、2009年の「日本マーケティング・サイエンス学会」(86回大会)以降、「マルチエージェント・ベースの広告伝播モデル研究(1)~(4)」として4回の発表を終えている。現在のメンバーは、研究チーフの木戸を含めて、4人中3人(木戸、鈴木、中村)が、法政大学の研究部会メンバーでもある。研究成果の一部は、論文(鈴木)と書籍(木戸、小川監修)で報告されている。

*参考: 木戸茂著・小川孔輔監修(2014:近刊)「第8章:ネットワーク型消費者モデル」『消費者行動モデル』朝倉書店、鈴木暁(2012)「ネットワーク効果を組み込んだ広告計画シミュレータ: エージェント・シミュレーションの可能性」『日経広告研究所報』264号。

 これまで学会で発表してきた研究概要を簡単に要約する。共同発表者は、木戸茂(法政大学) 北中英明(拓殖大学)中村仁也(㈱ゴーガ) 鈴木暁(㈱ビデオリサーチ)である。

1 「日本マーケティング・サイエンス学会(2009)」(以下、“JIMS”と略記)
 基本フレームワーク(ネットワーク構造をもった広告伝播モデル)が提案された。モデルの基本構造は、広告情報がマス媒体(テレビやインターネット)を起点として発信され、口コミやSNSを媒介としてコミュニケーションが昼がっていくというものである。各プロセスが準拠する理論(広告の認知、接触、態度変容に至るまで)が提示され、プロトタイプの構築と実データによるキャリブレーションが行われた。
2 「INFORMS(2010)」(海外での論文発表)
 「情報の受発信経路」についての研究がなされた。想定されていた仮説は、情報発信経路別に発信確率が異なること、複数の経路から受けた情報は発信されやすくなる。この二点であった。
3 「JIMS(2010)」
 ここでは、「広告コミュニケーションのネットワーク構造」が実証分析された。対面コミュニケーション(時間制限付き)の次数分布が「ガンマ分布で近似できること」を実証することができた。
4 「JIMS (2011)」
 もうひとつのモジュールである「広告接触と想起」がモデル化された。そこでは、非集計データとロジスティック回帰モデルによる想起確率の推定されている。なお、個人別にロジットモデル推定とエージェントシミュレーションへの実装が試みられた。これより、SNS経由で発信される口コミと、テレビなどマス広告の経路が統合できることができた。
5 「JIMS(2013)」(4回の研究のまとめ)
 統合された広告効果モデルがシミュレーションされた。実証データから示唆されたことは、次の二点だった。
 ①広告想起率を増加させるには、(SNS経由で)個々の消費者に直接アプローチするより、(マス)テレビ広告を増加する方が効率がよい。
 ②特定の個人(インフルエンサー、アルファ・ブロガーなど)へのアプローチは効果がないわけではないが、実現可能な方法論の検討の余地があること。
 この結果を受けて、とりあえずの提言(さらに精査が必要)としては、
 ③広告媒体として、テレビは従前と変わらずに支配的な媒体である。
 ④ネットワーク効果(伝播)を期待した消費者個々へのアプローチは、思いのほかにコスト高になる。
 ⑤ターゲットが限定された商材やキャンペーンの場合に、SNSの経路は有効である。
 ⑥テレビ(マス・ターゲット)と個別アプローチの組み合わせが重要になる。

4.研究の方向性(期待される研究成果)
 本研究では、定量調査(コンピュータ・シミュレーション、メディア接触行動調査、広告想起率調査)、定性調査(視線測定法、面接調査)、エスノグラフィーの手法(視聴者観察)などを利用して、多元的にメディアの受け手と情報発信効果を捉える。ソーシャルメディアの時代において、生活者のメディア接触や態度変容を検証することで、ソーシャルメディアとマス広告の効果を統一した枠組みで分析する。そのことで、メディア計画やコンテンツ制作の現場に対しての新たな知見を提供してみたい。
 なお、2013年度の「カンヌ国際広告祭」から「広告」(Advertising)という文字が消えてしまったことを、メディアを研究対象にしている研究者グループとしても深刻に受け止めていること付け加えておきたい。「広告祭」に代わる新しい名称は、「クリエイティビティ・フェスティバル」である。「広告」のあり方がこれほどシリアスに問われている時代もないだろう。受け手である視聴者のメディア接触行動の変化を正確に捉えて、「確実に届いて心に響く」広告のあり方を検証し、提示することが本研究の目的である。