いまから10年ほど前、ファーストリテイリング(柳井正社長)は、野菜事業に参入した。3つの約束のひとつである。 エフアールフーズの責任者は、柚木治氏。当時30歳代の前半で伊藤忠商事からユニクロに転職。自らがネット事業を待ちあげた直後だった。
永田農法を用いて、糖度が高いトマトなどの野菜を作り、直営店で販売しようとした。ユニクロのSPA(製造小売業)モデルを野菜事業で実現しようとしていたのである。この事業の「3つの非常識」を柚木さんが説明してくれた。
(1)商品(野菜)を全量買い取り、
(2)単品(野菜)だけの事業、
(3)加工を一切しない。
農産物の小売業では考えられないコンセプトだった。原則のひとつでも崩していれば、といまでも思うのだが。
販売する場所は、銀座の百貨店のインショップや成城駅前の路面店。短期間だったが、わたしのゼミ生たちがフィールドワークの調査に参加した。
開業後も損益分岐にははるかに届かない。売り上げ不振で一年後には野菜事業から撤退することになる。28億円(記憶による)の特別損失を計上したが、担当者の柚木さんを柳井さんは放り出さなかった。そのときの柚木さんの言葉をいまでも忘れらない。
わたしの研究室に撤収の報告に来た柚木さんから、直接に聞いた話しである。
「柳井さんに、撤退のやりかたが見事だった、とほめられましたよ」(柚木さん)
撤退を決断したときの柚木さんの心境は、「ヨーカ堂の野菜売場を見に行って、このまま事業を続けるのが怖くなった」だった。柳井さんは、柚木さんのその話を聞いて、即座に撤退を指示したそうだ。著書にある「1勝9敗」のうちの、負けの一つである。
FRフーズの失敗から7年後に、柚木さんはユニクロの執行役員からGUの社長に就任する。売上高でGUはいまや1000億円に迫る勢いである。順風満帆ではなかったが、どうにか道は開けているようだ。おめでとう。
「(GUには)創業者がいたからね」。最近の雑誌記事で、柳井さんはそうコメントしている。GUをはじめて社長になった柚木治さんのことを念頭に置いての発言である。野菜事業の勉強で失った28億円は、すでに返済できているだろう。柳井さんからすれば、お釣りがくる事業に成長している。
教訓である。撤退には、素早い決断力が必要である。そして、撤収のやり方が大切である。うまく決断し実行できると、その先につながる。
失敗は成功の母である。たくさん、上手に失敗させること。それが教育の基本である。
わたしもいま、また2つの撤退を決意させようとしている。