わたしは、学生たちにとって「万(よろず)もめごと相談員」である。連絡方法は千差万別だが、ごく頻繁に、元学生(現社会人)から相談事が持ち込まれる。メディアは、携帯メールであったり、PCだったり、まれには直接電話で連絡が来る。アポなしで研究室を訪問してくる猛者もいる。
さまざまな事例の中には、わたしが直接アドバイスをするよりも、かつてわたしが忠言を与えて、いまは元気に活躍している先輩に、経験談を語ってもらうほうがよい場合もある。
以下の往復書簡は、元学生(女性、Yさん)が転職の相談をしてきたので、アドバイス役をアウトソーシングした事例である。元大学院生(男性、Hさん)は、転職経験が豊かである(外資系など5回)。そのむかし、彼女(Yさん、B社に10年)が学部ゼミ生の時に、先輩(Hさん)の学会発表用の調査をアシストをしたことがあった。ひさしぶりで、お互いにメール交換をしてもらったわけである。
おもしろかったのは、相談の内容と回答が、「転職の極意」そのものになっていることである。このメールを受け取ったYさんからは、「さすがプロでした。感動すら覚えました」と返信がきた。
いま転職を考えている若い人たち、これから転職をするかもしれないビジネスパーソンに対して、HさんからYさんへのアドバイスは、転職先や転職の仕方を考える際に、貴重な指針になるだろう。なので、本人の許可を得て、ブログに「転職の極意」をアップさせていただくことにした。
ふたりのやり取りは、往復書簡の形式をとっている。事情が事情なので、ふたりの素性がわからないように、わたしのほうで文章には、若干、手を加えてある。
おもしろかったのは、ふたりの転職(志望)理由が、「(仕事に)飽きた」ということだった点である。そして、転職にあたって考慮すべきことが、実に簡潔に書かれていたことである。もしかすると、現役の学生にとっても、これは、就職先を選ぶときの大事なポイントになるのかもしれない。
「転職の極意(6箇条)」
1) 今までとは違う分野へのチャレンジすること
2) 違う業界へのチャレンジすること
3) 自分の職責範囲を広げられるポジションを選ぶこと
4) 良い会社を選ぶこと
5) トレンディーな会社は避けること
6) 自分を安売りしないこと
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Hさん こんにちは
(CC:小川先生)
お忙しいところ突然のご連絡、すみません。
さきほどA社の面接に行ってきたのですが(転職活動をやっています)、何社か回っていると企業の雰囲気って取り扱う商品に滲み出るなあと思いますね。
B社(在職中)も中々ないよい会社ですが、長生きできるか不安な企業であります。
私は自分がおもしろい!と思って毎日仕事をしたいだけなのですが、わがままでしょうか。少し前までは何をやっても「おもしろいと思えた」ように思うのですが、この1年は信じられないくらいやる気が出ません。
先生が何と言ってHさんに連絡しているのか詳しく聞いていないのですが、転職のプロ(先生談)からアドバイス、叱責などいただけたらうれしいです。
Yより
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Yさん
返信遅くなりました。表現が適切かどうか分かりませんが、「転職のプロ」とは甚だ「片腹痛し」ですが(笑)、多少のアドバイスはできるかと…。
今回入社した会社で5社目になりました。ある意味、恥ずかしい話です。最初に勤めたC社(調査会社)には9年勤務しました。今のYさんと同じくらいかな?
最初の会社を辞めた理由はいくつもありますが、端的に言えば「飽きた」ということだと思います。その後の転職も、理由はそれぞれ複合的ですが、結局はすべて「飽きた」というのが根本的な動機だと思っています。今回Yさんが転職を考えているのも、文面から察するに、同じ「飽きた」という状況なのではないかと思います。
本来であれば、優秀な人材を飽きさせないようにするのが、いい会社だと思います。このことはハーバードの教授が書いた本にも明確に書かれています(”First 90 Days”、邦訳『ハーバード・ビジネス式マネジメント』アスペクト社。邦訳書はネーミングの失敗です…)。しかし、それが様々な理由から提供できない会社なのであれば、残念ながら優秀な人材は外へ飛び出すしかありません(中には小川先生のように、組織の中でご自分を「飽きさせない」ように、新たなチャレンジを自ら作り出せる稀有な方もいらっしゃいますが…)
外へ飛び出す際、毎回心がけていたのは次の点です。
(1)今までとは違う分野へのチャレンジ。同じような内容で、単に地位が偉くなったポジション(例:課長が他社で部長となる)はお断り。
(2)違う業界へのチャレンジ。競合他社への転職は、私なりのささやかな倫理観が許しませんでした。マーケティングサービス→FMCGメーカー→産業材&B2B→ヘルスケア→直営店舗を持つLuxurious brandという変遷ですが、今にして思うとこの経験が自分の強みになっていると思います。
(3)自分の職責範囲を広げられるポジションを選ぶ。要するに、自分がリーダーシップを発揮できる(決められる立場になる)ポジションを目指すということです。あと、外資系の場合、「人を変える」というのは業績の低迷をなんとかしたい、という背景があるのがほとんどですので、そのポジションに期待されることと自分が提供できることを測り、誰にレポートして、どのような権限が与えられるのか吟味します。
(4)良い会社を選ぶ。堅実な老舗と言われている会社か、業界のNo.1です(日本市場ではなく、グローバルで、の話です)。買う側か、買われる側かの違いは大きかったです。
(5)トレンディーな会社は避ける。IT系など、自分がついていけない・興味を持てないと思う業界は避けてきました。おやじは基本的にアナログ指向です。
(6)自分を安売りしない。本当に入社したいと思える会社が見つかるまで妥協しませんでした。
推察するに、Yさんは既に「飽ききって」いるのだと思いますが、焦らず、早まらず、自分が「ベスト」と思える案件が出てくるまで粘って欲しいと思います。くれぐれも、転職先が見つかる前に辞めるなどということのなきよう。これは苦労します。
あとは、常に勉強ですね。これまで、株式、不動産、外貨預金…様々な投資を行ってきました。でも自分の子供にも言っているのですが、最もリターンが大きかった投資は、自分への投資、すなわち勉強です。
長くなりましたが、わずかでも参考になれば。来週は難しいですが、お会いすることも可能です。必要であればおっしゃって下さい。
では。
Hより