新幹線に乗ると、座席のポケットに『WEDGE』という雑誌が入っている。6月号に、「農学栄えて農業滅ぶ」という記事があった。昨日は、来月日本を離れるカーラ参事官(オランダ大使)と食事をする機会を得た。その際に話題になった「オランダの農業関係予算」との対比で感慨の深い記事だった。
2010年に、「オランダ球根輸出協会」(ICBA)が、政府からの補助を打ち切れられた。昨年度からは、IFEXにも出展をしていない。「独自にプロモーション組織を作って、製品輸出の努力を始めている」(カーラ参事官)。オランダ花き協会も、いずれ同様な状況になること(補助金の徴収が終わる)が決まっている。
オランダの場合は、これまでは、サプライチェーンの各段階で政府が課徴金を徴収していた(ほぼ販売金額の5%)。集めた資金の3分の1ずつを、農業製品のプロモーション(輸出振興)と研究開発(大学・研究所の研究費)に投じていた。この徴収の仕組みは、花き産業だけではなく、農業分野全般に広がっていた。
たとえば、野菜や畜産でも同様な仕組みで、農業振興のための資金を集めていた。政府が農業分野に補助を出しているというよりは、農業分野の業界団体を挙げて、産業振興のために資金をプールしていたという解釈のほうが正しいだろう。その仕組みを根本から変えてしまおうというわけである。
その最大の理由は、欧州経済危機とオランダの財政難が、農業関係者間での利害対立を激しくしてしまったからである。これまで制度として集めてきた資金をどこに配分すべきかについて、規模の異なる生産者(中小規模と大規模農家)や作目(花、球根、樹木など)、生産している地域(南・北)によって意見が対立したらしい。
そこに、政権交代が拍車をかけて、オランダの農業振興を支えてきた「代理徴収」の仕組みが終焉を迎えたのである。「今後は、各業界団体で自助努力をしなさい」が政治的な結論であった。
しかし、考えようによっては、どうも効果が怪しいからといって、50年以上も続いてきた仕組みを、いとも簡単にご破算にする勇気をオランダ人は持っているとも言える。それはそれで、瞠目に値する行動である、とわたしは感じる。
ちなみに、カーラ参事官によれば、「(そうはいっても、)最終的に合意に至るまでには、約15年を要した」ということである。「すぐには成果が出にくい、農業関係の研究開発予算が削減されることが心配です」と参事官は心配をされていた。
他の国のことながら、オランダ農業の国際競争力には暗雲が漂っている。引用記事に登場する、欧州最大の農業大学(ワーゲニンゲン大学)の研究力が将来的にはそがれてしまうことを懸念しての彼女の発言だったのだろう。わたしも合意である。
翻って、わが国の事情を顧みれば、オランダの決断がなんとも勇猛果敢と思えるくらいに、日本の農業改革は緩やかである。「TPP反対」などといったレベルの話ではない。もっと重要な施策を必要としている。
日本全国に残っている農学系の大学や大学院、農業関連分野の研究機関や研究所は、これほどまでにと思われるくらいに数が多い(以下の参考記事を参照)。農業従事者の数と、農業関連の教育研究機関で働く人間の数が、ほぼ同数なのだ。わたしも、本業と支援業の人数が拮抗しているは思わなかった。
日本の農業を強くするのは、守りの姿勢ではない。オランダのように、甘えを許さない厳しさが必要なのではないのか。大国の英独仏に囲まれている小国のオランダは、生きるのに必死なのだ。
「日本とオランダの間で、もっと農業分野で技術交流が進むとよいですね」。カーラさんからのわたしたち出席者へのメッセージだった。
7人の花関係者が出席した「カーラさんとのお別れの会」が開かれたのは、議員会館隣りの料亭「黒澤」。映画監督の黒澤明氏にちなんだお店である。古い日本家屋の作りに、小さな日本庭園がついている。都心のど真ん中とは思えない閑静な料亭である。
三段重ねのお重のお弁当が、おいしかった。「日本人は、目で食事をするのですよ」とわたしはカーラさんに解説してみた。
色鮮やかなお弁当を食しながら、日本人は良いものを作っている割には、むだも多いのかなと思ってもみた。
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<参考>「居場所作りする農業関係者 “農学栄えて農業滅ぶ”」
(WEDGE 2012年06月13日掲載)
リード:自らの居場所作りに終始してきた日本の農政。
農業教育においても、農業関係者の育成ばかりで、農業経営者を育成する視点を欠いた。
もはや、官や農業関係者任せにせず、民間企業や個人で農業・農村改革に取り組むべきだ。
東京帝国大学農学部教授を経て東京農業大学の初代学長を務め、実学主義による同大学の発展に力を注いだ横井時敬の有名な言葉に、「農学栄えて農業滅ぶ」というものがある。横井の警句はまさに現代の日本農業の姿である。筆者は、さらに“農業問題は農業関係者問題”であり、“農業関係者の居場所作りのために農業問題が創作される”と思っている。
■数ばかり多い農業教育機関
戦後の教育制度改革によって旧帝大だけでなく各地に農学部を持つ新制大学、私立大学が創設された。現実の農業を担う者、経営する者ではなく、国や県の行政、研究、教育職員を育成する学校が日本中にできていったのであった。“需要”の低下により一時期よりは減ったものの、現在でも農学あるいはそれに類する学部、学科名を持つ大学は国公私立を含めて約60校ある。恐らくその数は世界一ではないだろうか。
世界で第2位の農産物輸出額を誇るオランダの農業大学は、ワーゲニンゲン大学1つである。世界一の農業大国アメリカの中でも最大の農業生産額(2010年:375億ドル/全米の12%)を誇るカリフォルニア州で農学部を持つ大学はカリフォルニア州立大学ただ1つ。
同大の3分校(バークレー、デービス、ロサンゼルス)と亜熱帯植物園芸研究所があるだけだ。しかも、オランダと同様に、研究教育機関としての州立大学が州の農業普及事業主体として農業経営者に対する極めて専門性の高い普及活動あるいはコンサルティングを行っている。
我が国の主な農業関係者の数を表に示したが、その総数は31万5千人に及ぶ。農協職員の数が約25万人と一番多く、農業土木に関わる土地改良団体の職員が1万人以上もいる。この2つの組織が最も政治力を持つ農業団体であり、多くの利権にもかかわる組織だ。
農業関係者の数に対して農家の数はどうか。「農家所得の50%以上が農業所得で、年間に60日以上自営農業に従事している65歳未満の世帯員がいる農家」である主業農家の数は約36万戸。職業的に農業を選択する農家とほとんど変わらない数の農業関係者がいる。さらに、販売金額が100万円を超す農家も約67万2千戸ある。この場合でも2戸に1人の農業関係者が張り付いていることになる。ただし販売金額100万円といっても、それで事業的に成立しているという意味ではない。