脱皮と年輪: 男と女の対照的な生き様

 いつかのブログで、昔の相手からのプレゼントを、別れた後にどのように処分するかについて書いたことがあった。わたしは大切にしまっておくタイプである。「女々しい」という言葉を使ったら、性差別的な表現だと言われた。しかし、これが男の真実である。


同僚の平石郁生さん(IM研究科講師)は、男女の生き様のちがいを、「脱皮」と「年輪」という言葉で表現している。言いえて、巧な比喩である。とくに、「脱皮」は、女性の感覚をうまく表わしている。
 たいていの女性は、別れた男からもらった贈り物を、さっさと捨てるらしい。過去を振り捨てて、新しい人生に旅立つのである。チョウチョがさなぎから抜け出して、美しく変身する様を想像してみればよい。
 イジイジとしている男は、そのとき、過去の持ち物を捨て去ることができずにいる。年輪を積み重ねていくのである。「人生のクリティカルな選択の場面で、潔いのは女のほうだよ」。そのように、平石さんは主張しているのである。
 わたしもそのように思う。自分(典型的な男の代表例)はといえば、懲りずに、また新しい年輪(しわ)を、今年もひとつ増やしている。過去を大切にしまっている。捨てることができないのである。昔のプレゼントは、きちんとキープしてある。
 
 従来から、わが国のフォークソング(民族の唱)である演歌の世界で描かれてきた女性像は、いまや旧式のステレオタイプになってしまった。伝統的な日本女性の姿は、現代ではもはや誤認や誤解とみなしてよいのではないだろうか。
 この夏から、平石さんや高田(朝子)先生と一緒に運営している「女性セミナー」(1~3回の講演録を参照)の女性講師の方たちを見ていると、そのことが確認できる。「女性のキャリアと生き方を考える」でお招きしている講師の皆さんは、結婚、出産、離婚、再就職、起業を通して、自立していった自分のことを語ってくれた。
 藤田さん(第一回)、神原さん(第二回)など。彼女たちは、「いま」を生きている女性企業家の方たちである。けなげに、しかし、まっすぐに、過去の自分から脱皮していったのである。友人の志村なるみさん(ABCクッキングスタジオ創業者)なども、そうした「美しく脱皮した女性」のひとりである。

 そういえば、「♪♪あなたに抱かれて わたしは蝶になる」(ジュディーオング)という歌があったなあ。あれは、脱皮の唱だったのだ。
  
 訂正: 「白い蝶」の歌い手は、森山加代子さんでした。