「ネットの中の季節感」(JFMA通信2008年6月号原稿)

 個人HPは、ある意味では、一般の通行人が道端から自由に覗くことができる個人の住宅のようなものである。高いフェンスでもなければ、家のつくりや屋根や庭はもちろんのこと、道路に面した窓を通して、部分的に家の中の様子をうかがい知ることもできる。


奥様の掃除の様子やご主人の庭の手入れが丁寧なのかどうか、ご家族がご自宅のメインテナンスで手抜きをしていないのかどうかなどが、あからさまに透けて見える。塀の外から見た時の家や部屋の見え方がとても大切なのは、ファッションセンスと同様である。個人の美的感覚の評価にそれはつながるようにも思う。
 わたしの個人HP(https://www.kosuke-ogawa.com/)は、2000年に最初のサイトをデザインしてからは、オープニングの画面にもメニューの構造にも、まったく手を入れないままに8年間をすごしてきた。世間一般で、ブログシステムが始まるはるかに以前のことである。いまから考えると、とくにオープニング画面に貼り付けてある「DAY WATCH」のコーナーは、最初からブログそのままであったように思う。覗いていただけるとわかるが、「DAY WATCH」の内容は、日々のマーケティング事象への感想、関連業界で起こっている事柄へのコメント、自ら企画した消費者調査の分析結果、経営者へのインタビュー記録、献本していただいた本の書評などから構成されている。メニューとしてカテゴリーを付加しさえすれば、すぐにブログシステムにコンバージョンできることはわかっていた。
 写真やグラフを載せているわけではないので、マーケティングデータや事実記録を必要としている人にとっては、それほど内容的に濃いものではないかもしれない。内容は、テキストデータだけである。しかし、わたしの個人HPに対して、卒業生や業界人(コンサルティング、リサーチ業界、花き業界)からほめられることが一つだけある。それは、HPの更新頻度についてである。わたしは海外にいるときでも、一週間に一回程度は最低でも記事を更新するように心がけている。仕事がどんなに混んでいても、気分の乗りが極端に悪いときでも、とにかく期間を空けずに10行でもよいから新しいネタを提供するように努力してきた。それは強迫観念に近い心理状態なのではあるが、ジョギングをしないで3日間以上すごしてしまうと気持ちが悪くなってしまう、わたしの生理とそれは酷似している。
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 本題である。個人HPの枠組み(トップ画像とメニュー構成)を変えようと思い立ったのは、去年の末のことである。トップ画面をどのようなデザインにするかが、最初の課題だった。一方でブランドマネジメントを研究しているのでよくわかるのだが、トップ画面を変更する決断は、おそらく商品のパッケージを変えることと似ているのだろう。 私たち研究者と世間との最初のコンタクトポイントは、昔はその人が書いた書籍や論文だったのだが、いまは個人HPの記事が主になっている。講演依頼も原稿依頼も、TVやラジオへの出演依頼も、HPからやってくる。起点は個人の情報であってもである。
 わたしの場合、サイトへの日々の来訪者が1000人くらいはいるらしい。カウンターこそつけてはいないが、グーグルやヤフーで「小川先生」で検索すると、常にトップにわたしのHPが表示されている。だから、HPの全面リニューアルには、ある種の戸惑いとリスクを感じてしまっていたのである。8年間、改装を怠っていたわけではなく、自宅を改築することが道行く人の印象を変えてしまったり、回避環境(サービスマーケティングでいう「近寄りがたい雰囲気」)を創ってしまうことにならないかが心配でたまらなかった。
 「改装恐怖症」を断ち切って、実際にサイトのリニューアルを実施した翌日に、最初に更新画面を見た元学生(某リサーチ会社勤務)からある希望が寄せられた。「トップ画面に貼り付けてある「緑の背景」に季節感が欲しいですね」であった。
 ちょうどサクラの花が咲き始める3月中旬であった。花の業界でしごとをしているので、サイトの画面に季節感をもたせることは考えなかったわけではない。緑の背景をトップに持っていったことで、それは決定的になってしまった。サイトの作り直しをお願いした、鈴木一さん(㈱シナジーパートナー社長)に、「春はサクラ、夏はヒマワリ、秋は紅葉で背景を変えていきたいのですが・・・」と提案してしまった。また、お金を掛かることを思いついて実行してしまった。「しまった!」と思ったが、後の祭りである。
 4月には、札幌のサクラも終わりになる。わたしのサイトの背景も、夏のヒマワリが咲くころまでは、しばらくは緑一色の木々のすがすがしい風景に戻ることになる。面倒な仕掛けは、季節ごとに年4回背景を変更する作業である。最初はよいが、自動的に背景を交代させるわけではないので、夏までサクラ、秋までヒマワリ、春までもみじにならないように気配りをしないといけなくなる。
 四季(季節)は、自然界が太陽の公転のリズムに合わせて自然に作り出してくれる。人間がネット上で季節感を演出するとなると、それだけである種の緊張感を必要とするのである。いずれにしても、季節ごとにトップ画面の背景を変えていくことが、サイトを訪問してくれるひとびとの気持ちにどのような影響を与えて行くのか、興味深く眺めてはいる。